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2007年07月03日

●第1093話 『大直若屈,大巧若拙,大辯若訥』

 表題の読み下しは、「大直(だいちょく)は屈(くつ)のごとく、大巧(だいこう)は拙(せつ)のごとく、大弁(だいべん)は訥(とつ)のごとし」。老子道徳経45章の一節にある3句は、余りにも有名で、今更、能書きを垂れる必要はないだろうが、今日は『誤解』について語りたいが故に敢えて話題としました。表題の表面上意味は「真っ直ぐな者は曲がってみえ、技量のある者は不器用にみえ、雄弁な者は口下手にみえる」ということなのですが、言い換えてみると「何事かに優れ巧みな者は、単刀直入で小細工を弄しないから還って下手(へた)に見え、その技を軽々と行うので難しいことのように受け取られないし、言葉の限界を知っているから多弁雄弁能弁という挙動が無いので口下手に聞える。つまり、本当の一流は一流の人間にしか理解されず、二流は二流以下から評価されるので、“一流のマイナー、二流のメジャー”などと揶揄されていますね。
 昨今は上辺(うわべ)時代。偽造変造模造品など“偽物”が一人歩きする。人間も同じ。“偽者”が多い。坊主の格好をしていると坊主だと思う。身なりが立派だと人格者であるとか成功者、有能な者と思われる。正に軽薄短小、“偽者天国”が今の日本。中国や朝鮮半島のような“偽物天国”より始末が悪い。正に“インスタント文化”の母国らしい。その背景には“ウソ”というより能動的に“誤解させる”こと、建前と本音を使い分ける事を良しとする文化がある。建前と本音、言い換えると意識と無意識。本来、“心”は一つなのだが、擬制と擬態の構造は世界中に見られるが、日本は特に顕著。政治の世界では、本音と建前を使い分けられる者が評価される。昨今、“真贋”を見抜ける本物の人間”が、少なくなってしまっている。確かに、目に爽やかで解りやすく、耳に心地良い事柄は一般に受け容れられやすい。安きに流れ、秘すれば華を見抜けない時代に向っている日本をこのままに傍観していて良いはずがない。禅では『大賢は愚に似たり、大智は愚の如し』を見抜けなければ未熟者。当然、公案に対向できない。巷では死語になってしまっている『能ある鷹は爪を隠す』『燕雀、安んぞ鴻鵠の志を知らんや』・・・・。
 吉本隆明の『真贋』という書籍がある。1時間で読めるので一度は目を通されよ。
 我々、活人禅に生きる者は、枝葉末節や“表面”に誤魔化されず“本質”を見抜く力を持とう。それには先ず“無心”。“我”を捨て坐る事だ。

 一日一生 慧智(070703)
『願わくは、この功徳を以って普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆ともに、仏道を成ぜんことを』
★宣言 衆生無辺誓願度 煩悩無盡誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

投稿者 echi : 2007年07月03日 08:41

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