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2007年06月28日

●第1091話 『心随万境転(心は万鏡に随って転ず)』

茶を嗜む者なら、一度や二度は床の間で見かけただろうし、亭主の説明も聞いただろう。この一句は『心随万境転・転処実能幽・隋流認得性・無喜亦無憂』という二十二世の摩拏羅尊者(まだらそんじゃ)の偈で、「心は蟠りがなければ臨機応変に働くが、納得が行かない事があったりするとパニックになり、流れが滞り臨機応変は失われるので、喜怒哀楽に心は忙殺される」という感じだろう。人によっては、人生は“喜怒哀楽”があるから楽しい、という。確かに、己の過去を顧みれば解らんでも無いが、禅坊主であり、ストレス心理学、精神身体医学を学んだものとしては、喜怒哀楽の振れ幅の大きい者は、早死にすることを知っている。師のハンス・セリ博士は亡くなられる少し前に「ストレスは人生のスパイスだ」と言われたが、その言葉の裏には、真理を掴みつつも自己否定を嫌った師の個性がある。
 心の乱れが死を急がせることは、免疫系・内分泌系・神経系の不調和であることは解るだろう。そして、心が乱れていれば“自由”を失い臨機応変・融通無碍に暮らせず、心は何かに囚われ、何かに拘り、結果的に偏った考え方が、更なる窮地へと引き込む。これが“悪循環”というものである。つまり、心が万鏡に随わずに、見えているものを見ず、見えないものを見てしまうということだ。心が自由であれば、死ぬ時は死ぬ、生きる時は生きる。暑い時は暑い・・・。それらを評価せず差別せずに受け容れられる。正に“あるべきよう”であり、素直に生きることである。勘違いをして欲しくないのは、暑い時は暑いから、暑いと騒ぎ、暑さを征服しようとする心が起きるのは“素直では無い”ということで、暑い時は暑いように、動きはゆっくりと、4時には起床し午前中には一日の生きてゆくための仕事を全て終わらせ、昼は休み、夕方からはより善く生きてゆけるための勉学に時間を使うのが“素直”ということだ。だからこそ自分が『主人公』で『随所作主』、相対的な考えから絶対的な考え、枝葉末節から本質、喜怒哀楽から安心へという生き方の転換が必要なのです。その転換には『坐禅』以外の方法は万民向きではなく、出来る人と出来ない人が出る。坐禅は“安楽の法門”であり、正しい指導を受ければ個性や価値観に関係なく心身の健康に寄与するし、拙僧のように余命宣言を無力化できる。
 昨日今日、高温多湿の日々だが、今日はエアコンを消し、身体を締め付ける物は外し、窓を大きく空け放し、明かりを消して一本の線香を灯して40分坐ってみよう。拙僧は今日は日本時間の午後11時から坐るので、時空を超えて心を通じ合おう。
 では、その時に。
 一日一生 慧智(070628)
『願わくは、この功徳を以って普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆ともに、仏道を成ぜんことを』
★宣言 衆生無辺誓願度 煩悩無盡誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

投稿者 echi : 2007年06月28日 09:43

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