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2007年06月25日

●第1089話 『眠れぬ夜の与太話』

 仏陀とは「真理に目覚めた人」「覚者」という意味で、釈尊とは、釈迦という人間の尊称である。人間である釈尊(開祖)の悟りを追体験する宗教宗派が“禅宗”であり、そこに生きる生き方が“禅”であり、それを家風とするのが禅家である。また禅宗三派では達磨大和尚を禅宗初祖、連なる二祖を慧可大和尚、六祖慧能大和尚。その法燈を繋いでこられたのが歴代の祖師で、臨済宗の場合は臨済義玄大禅師を宗祖、栄西禅師を日本臨済宗の開祖、白隠禅師を臨済宗中興の祖、禅家に集う修行者を禅士・禅子、その師匠を禅師・禅匠・老師という場合が多いが、在家の修行者を禅士と言わず居士という場合もある。なお、鎌倉時代に日本において成立した臨済宗は、中国で成立した禅の一派で、禅匠である臨済義玄大和尚の禅風を伝える宗派で、日本臨済宗開祖の栄西大和尚が宋より伝え、現在に伝わる臨済宗各派の大半は鎌倉末期から室町期に活躍した『大応国師(南浦紹明) 、大燈国師 (宗峰妙超) 、関山慧玄』といういわゆる『応燈関』の流れにあり、江戸時代の白隠大和尚(禅師)を中興の祖として『心身一如』にある状態を意味する“dhyana(jana)”の音写を漢字に当てた禅那、そして坐を組んで己事究明、自己の本性を見徹することで『悟りを開く』≒釈尊の悟りを追体験し『禅定(心の完全なる自由状態)』に至らしめることを目的としている。なお、一般論として言えば、その悟りの境地は言葉や文字によって全てを説明することはできないという意味の『不立文字・教外別伝』、師と弟子の間の以心伝心で心から心へと伝わる『直指人心』をもって釈尊の心を伝えて仏となる『見性成仏』に帰着させるための方法が坐禅であるが、禅は目的・目標・手段を分けて考えないので、師が弟子の心頭一如の体得度を点検するために『公案』という問答の切っ掛けを使い、修行の成果を自覚させ、更に修業を深めさせる。なお、現在の日本においては江戸期の白隠禅師による古則公案の“体系化”が広く普及し、その大河は明治期の山本玄峰老師を経て末席の拙僧にも伝わって来ている。 つまり、我々は皆、釈尊の弟子であり法孫であるが故に、『“苦”の本質を理解体得し、苦を苦としない生き方』を“言葉を超えて率先垂範して普及する責任がある。なお、常識だろうが、仏教では苦の総体を「四苦八苦」と言い、四苦とは生・老・病・死(しょうろうびょうし)、八苦とは「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」「求不得苦(ぐふとくく)」「五陰盛苦(ごおんじょうく)」を加えたものをいう。
 さて、人間は、その質・量の違いこそあれ、四苦八苦を避けて通ることは出来ないだろう。それは釈尊も同じ。ワシも皆も同じである。言い換えれば、苦しみを苦しみと認識出来ない人間に宗教は無用だろう。ところで、そんな人間はいないはずなのに、宗教を否定する者が多いのは何故だろう。その上、宗教を否定する人間を観ると“気の毒な位に不幸”なのは何故だろう。それは“自由な心”という状態を解らないからで、見えない縄で自分を縛っている『無縄自縛』という状態にあるからである。言い換えると、何かに拘り・囚われ・偏った考え方にあるが故に、己自身を理解出来ていないのである。
 活人禅寺は『来る者は拒まず、去る者は追わず』を信条にしている関係で、“下心”のある者も来るし、本来は自他不二だが、明らかな下心がある者や朱に染まる者、つまり、利他より自利を優先する輩もいる。それでも、活人禅寺は信条を曲げない。否、“無心”である。ワシもしばしば利用されるし、たった一人だが浄財泥棒も居た。しかし、罪人を作るのが寺では無いので、その都度、学びを頂くが、それでも『他人を疑う心』は持ちたくない。どんな者でも、清く正しく幸せに生きたいはずである。しかし、それが思うに任せない。実は“それ”こそが僧侶の責任なのだ。
 釈尊は、修行に入って六年目の12月8日に暁の明星を見て活然(忽然)と大悟され活人となった。師が居ただろうか。寺があっただろうか。それは『己の師は今・此処に居る己自身だ』という気付きがあればこその”大悟”である。語呂合わせでは無いが活人禅寺は“大子(だいご”という地にある。ワシが癌に負けないで済んだのも大子の寺のおかげである。釈尊は6年の修行で35歳で大悟した。つまり己を師として大賢者となった。釈尊も我々と同じ人間である。釈尊に出来て、達磨に出来て、臨済に出来て、白隠に出来て、皆に出来ない訳は無い。祖師に共通するのは上辺に流されず本質は何かとトコトン考える大疑心と、本来の己に対して素直になり、本質が解るまで諦めない心があったことだ。物事は途中で止めるから“失敗”というゴールが出来る。しかし、何があっても止めなければ失敗は無い。失敗が無い事が“成功”なのだ。言い換えると大悟が成功ではなく、大悟に続く道を歩み続ける事が成功なのである。ワシの人生も波乱万丈。3回も死に損なったが未だ生きている。考えると、為すべき何かが残っているからだろう。だから、「奇なる、奇なる、一切衆生皆如来の智慧徳相を具有せり。只、顛倒妄想の故に知ること能わず」と喝破する日を目指して生きる。誰が言ったかはどうでも良いが、「万物は天地人の三つの働きで成り立つ。天は理想、地は現実、人は実現」ということが言われる。それは、己の人生を宇宙と一体化し人生を大地に根を張り、万物の理想の実現のために現実の生活(事実)をしっかりと踏まえて生きていくべきである」ということだろう。幸せとは、あらゆる迷い、あらゆる苦しみから解き放され状態である。それには、無限の空間、悠久の時間を超越し、物事に拘らず動物、植物、鉱物とを問わず、賢愚の別なく、全て公平で公正な生き方を志すのが大前提である。“起きて半畳、寝て一畳”、空っ手で生まれ、空っ手で死ぬ。どんな生きても百年そこそこ。その上、誰でも明日生きている保証は無い。誰だって“今・此処・己”のみが現実である。釈尊であっても最初はたった六人からのスタートで、80歳で大遷化されるまで行雲流水の如く、三衣一鉢以外持たず、乞食(托鉢)されインドの各地を説法して回った。時代が変わっても釈尊に出来て我々に出来ない事は無い。勿論、方法は異なるだろう。しかし、ワシはワシを含めて皆にも出来ることだと信じている。人間は“生き方”で価値が決まる。釈尊だって45年の行脚を行い80歳になった頃、生まれ故郷に向かう途中で鍛冶屋さんが差し上げた供物を食べ、腹痛で床に臥し、死を悟った時の説法が後に『遺教経』として伝わり、2月15日に大遷化(涅槃に入られた)された。
 末筆になるが、釈尊が『事実の無分別なる直視→本質の発見→教訓化(一転語化)→生き方の発明』という悟りへの流れは、四苦八苦の現実を直視し、苦の本質をつきとめ、苦しみを滅するために四諦八正道の教え説き『坐禅』を考案されたことを忘れずに、最後の最後まで諦めずに生きようではないか。
 何か、遺言めいた話になったが、痛みで一睡も出来ないと、ワシの辻説法のトーンも変わるようだ。まあ、良いか。誰も明日の事は解らんからな。 今日の説法はワシ自身に向けて書いたようなものだ。ワシも弱い人間だということだな。
一日一生 生き恥を曝している野狐禅和尚 慧智(070625)
『願わくは、この功徳を以って普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆ともに、仏道を成ぜんことを』
★宣言 衆生無辺誓願度 煩悩無盡誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

投稿者 echi : 2007年06月25日 18:48

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