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2007年06月17日

●第1085話 『心身一如というけれど・・・』

 例えば風邪をひく。二元論的にはウイルスに感染したのが原因。間違いは無い。しかし、ウイルスが充満している部屋にいて風邪をひく者とひかない者に分かれる。何故か。二元論的に言えば、免疫力が落ちている者が感染し、免疫力がある者は感染しない。間違いない。では、免疫力はどんな理由で上がり下がりするのか。二元論的に言えば、ストレスが原因となる。ストレスは身体的と心理的と分けられる。栄養失調、体力低下、怪我や病気のようなものが身体的要因。不安や不信に伴う被害の予感などの心配事、焦り、競争、不満、悲しみ、度の過ぎた喜び・・・などが心理的要因。言い換えれば、個体の免疫力が最高値を示すのは、『満足では無いが不満との言えない状態』、つまり“喜怒哀楽”に変化が少ない状態で、『病気や怪我と認識する程では無いが、健康体そのものでも無い状態』である。勿論。それらの認識には、個体差、個別的特長、つまり個性の違いが大きく影響するので、“同じ事実”であっても感じ方、認識は質的にも量的にも差が大きい。言い換えれば、あらゆる事象に対して“悲観論者でも楽観論者でも”まずい。勿論、悲観論者より楽観論者の方が“ストレス耐性”が高いのは事実だが、認識することと体が認知することは異な、免疫力に与える影響に差異は小さい。
 つまり、どうして風邪をひくかと言えば、『分別妄想(煩悩)により無(自)縄自縛となり、心が乱れ、『自由(自ずからの由:自ずから然るべき状態)』を失うことで、ストレス因子を感知して無意識な抵抗で心身の疲憊が進行し、やがては当該個体の“免疫力”を弱体化させ、病名の付いている病気の95%を発病させるし、ストレスが心の免疫力を蝕んだ結果“怪我”や“事故”に遭遇する確率が高まることから、『ストレスを要因として免疫力が非弱化して怪我や病気が増す』という一見“風が吹けば桶屋が儲かる”的な現実があるのが“人体”であり、人体の生理機能が投影したのが“社会”である以上、個人のストレスが個人の心身のみならず社会が“病変”するのである。
 ここ50年の精神身体医学の進歩が、欧米的な心身二元論を消耗させ、東洋的な心身一元論が注目を浴びている。極論を言えば、権力者のストレス、免疫力を変数として“戦争”すら勃発するのである。その事を2500年前に解明していた釈尊(仏教徒)は、戦争の加害者(攻撃者)に現代に至るまで無く、権力者のストレス状態から十字架に掛けられて罪人として処刑されたキリストを崇拝する信者は、史実として確認されている4000回余りの戦争うち、約80%の戦いの当事者なのである。それ故に、戦争という集団的ヒステリー状態、ストレス状態が“競争・破壊・略奪・洗脳(宗教の押し付け)”の権化がキリスト教徒の特徴であり、無抵抗が特徴の仏教徒と全くことなる文化を築いているのである。言い換えれば“愛の宗教”と“慈悲の宗教”という社会基盤が180度異なるが故に、性悪説をとるキリスト教に対し性然説をとる仏教という図式が攻撃的リーダーシップ文化と守備的マネジメントの文化を生み出し、今日に至っているのである。
 前出のような言葉による説明は“分析・還元論の二元論”が有利だが、その分析の結果“一元論”に傾きつつあり、二元論の文化は一元論に向かい、一元論の文化は二元論に向かい、欧米に“禅”が広がり、アジアにキリスト教が広がりつつあるという捩じれ現象がおき、東西問題が縮小し、南北問題が拡大しつつあるのも“現代”という時代なのである。
 人間は60兆の植物性細胞と動物性細胞の共生体であり、細胞は分子構造・原子構造・素粒子・量子の構造を持ち、最終的には“力(波と粒子)に帰結し『色不異空=空不異色、色即是空=空即是色』『不生不滅、不垢不浄、不増不減』・・・で語りつくされているのである。故に『一切皆空』であり『物心一如』である故に“一元論”こそが“真理”への道なのである。この辺りは白隠禅師坐禅和讃』が優しく解説している。
 さて、表題について解いみよう。禅は“拘らず・囚われず・偏らず”と言いつつ、一元論に偏り・拘り・囚われているという言い方をする者があるが、実は『禅』は、釈尊の心そのものを拠り処にしており一元論でも二元論でもなく“無元論”と解釈と言った方が解りやすい。しかし、一般大衆に“無”を説明するのは難しく、まあ大きな括りから言えば“一元論としておこう”と鈴木大拙師らは語っていた。西田幾多郎先生と同級生で竹馬の友である二人が、若き時代、共に数学に心を向けていたいたが、夫々が『宗教学と哲学』という似て非なる道を歩んだのもお“その辺り”の微妙な理解が異なったからだと聞いている。
 さて、話を戻して、表題の『心身一如』についてだが、賢明な読者は既に読み取っているだろうが、『風邪』と『心身症』の原因は生育環境での価値観の異なりなどを除いては極めて類似し、『心身症』は“心の風邪”のようなもの、現代では、誰でもが“予備軍”であり、明日は吾身なおである。
 念のために以下に般若心経を書いておくので、ゆっくりと読んでみよう。多分“心身一如”が理解できるだろう。そして、出来れば“人生観・生命観”が変わるだろう。つまり、『競争より協奏』、『無対立・無犠牲・自主独立・一日一生』の意味は簡単に理解できるようになるということだ。

仏説摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。
色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受想行識亦復如是。舎利子。
是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、無眼界乃至無意識界。無無明亦無無明尽、乃至無老死、亦無老死尽、無苦集滅道、無智亦無得、以無所得故菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃、三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪、即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶、般若心経

一日一生 慧智(070617)
『願わくは、この功徳を以って普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆ともに、仏道を成ぜんことを』
★宣言 衆生無辺誓願度 煩悩無盡誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

投稿者 echi : 2007年06月17日 22:35

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