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2007年06月13日
●第1082話 『人生、如何に生きるか』 ★今週の土日は活人禅会★
拝金主義、拝物主義の“美しい日本”。金と地位が「人間の価値を決める」と豪語する者が多い金融、不動産、IT関連の若き経営者。勝組負組を構造化し権力の座を維持しようとする二世三世の政治家などなど、巷に跳梁が闊歩しているのは教育の荒廃が大きな要因になっているのだろう。所謂“格差”は、本々一つのあらゆる現象を二分三分し、無限に分かれたものを二極化することから始まる現象である。例えば人間を男と女、貧と富、美と醜、善と悪・・・。本来は“統合し調和させ融合する”方向へ進むべき道が誤った方向に進んでいる。その仕組みの原因は、神経系を持つ生物であれば具有しているが、その機能が暴走しないように内分泌系と免疫系があるが、機能不全になっているのかもしれない。二律背反の源泉であるデジタル系は神経系の産物。統合融合の源泉であるアナログ系は内分泌系の産物。そして、自己と非自己という判断の源泉である免疫系。生体に異変があれば、3つの系が同時に活動して生命を守り、進化への情報を収集しつつ成長させる。現代科学では随分前に発見されているし、生物の生理機能が外部にとうえいしたものが、その生物の社会・世界であるということも理解されている。にも関わらず、その知見が生きていない。言い換えると、人間が病むから社会が病み、社会が病むから人間が病むのである。このような状態にある世界は、対症療法は病巣を慢性化させ、症状を助長強化させるので、根本療法と併用しなければ何れは滅亡する。
表題の『人生、如何に生きるか』ということを出来るだけ多くの者が真剣に考える事が根本療法への道を開くことになる。人は夫々で、一つの考えに偏り、拘り、囚われてはならないのは当然のこと故、何を考えるかは自由。本来は前提も不要。しかし、白い布に染みが付いた場合は、染める前に染み抜きをするのと同様に、何事によらず、一つの考えに固執せずに、『対立』は避け、多くの考えを受容し、本質の部分において“満足ではないだろうが不満とまでは言えない”『中庸』を模索することだけは約束事にしたいものである。そうすれば“多数決”という強者の切り札を使わずに済む。多数決という横暴が罷り通るから政治は荒廃し、『美徳の国』から“徳”を奪いさり利権を貪る者が鼠算式に増えるのだ。それに随い経済、教育、福祉・・、全てが後を追う。
『人生を如何に生くるべきか』を一人ひとりが真剣に考えなければ明日の日本も人類も無くなる。“人間”を考えるとなると体系的な哲学という勉強が必要になるが、“己”を考えるには坐禅さえあれば宜しい。一日20分で良い。場所など何処でも良い。足を組まなくても良い。ただ、呼吸を整え、姿勢を正して半眼を維持し、現実・事実から逃げずに、それらの背後に流れる本質に目を向ける。それだけで良い。
臨済宗大徳寺47世住持というには不似合いな一休宗純は、あらゆる権威を否定し、更に悟りさえも否定して、大徳寺に留まらず、庶民の中で生き抜いた拙僧など足下にも及ばない“真面目な破戒僧”であり、勝手に“師匠”にしている禅僧がおられた。一休禅師がある時、在家筋から家宝にしたいので一筆認めてくれと頼まれ、「けんかなぞせず、くらそじゃないか 末はたがいにこの姿・・」という賛を付け、一つの骸骨は自分自身、もう一つは喧嘩相手として二つの骸骨の絵を書きました。それから何を読み取るかは自由。しかhし、多くの者は「人生色々、人間関係も色々。だが、互いの行く末は“こんな姿(骸骨)”で、競い争うことなど愚の骨頂」と受け取る者が多い。
また、“タクアン漬け”の考案者で、宝鏡寺等を再興した沢庵宗彭和尚は、一休さん後輩。同じ大徳寺の154世住持となるが、一休禅師同様に、三日で寺を捨て、書画・詩文・茶道を親しんだ自由闊達、融通無碍の禅僧で、周囲に武術家が集まったことからも類推できるように、「ことばにも、色に出して候ては、用心になり申さず候・・・」と言う和尚の心は、「常に備えつつ、その“備え”を表に出すな」というもの。禅でいうところの“無心の心”を生きた。つまり、人間関係は考えれば難しいが、相手と“二つ別れ”する前の状態を知れば、『無対立・無犠牲・自主独立』という生き方が出来ることを示している。勿論、“無”を知るには『坐禅』である。
『人生、如何に生きるか』。それを考え尽くす。それは自分なりの“本当の幸せ”への道が開くこと。道が開けば、『手段も目標も目的』も一つであることが解る。つまり、『今・此処・己』が全てであることが解るのである。繰り返しになるが、過去は決定して戻ることも直すことも出来ない。未来は未だ来れず可能性以外に無い。そして今は、過去の結果であり未来の原因なのである。
一日一生 慧智(070613)癌センター待合室にて
『願わくは、この功徳を以って普く一切に及ぼし、我らと衆生と皆ともに、仏道を成ぜん
ことを』
投稿者 echi : 2007年06月13日 13:18