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2007年05月24日

●墨蹟は読めない方が良い?

 海外在住の方からのメールで、師の供で茶会に出かけた雛僧のころの出来事を思い出した。あれは、確か修善寺から三島への道すがらのことだった。
慧智「先ほどのお話で茶掛になっていた『虎頭生角出荒草』と書かれていると思えるお軸について聞かれた時、最初から最後まで、読みにも出典にも触れずに話されていましたが、何故でございますか」
老師「・・・・、生き切れ、成り切れ、坐り切れ、全てはそれからだ」
慧智「坊主なら、墨蹟は読まん方が良い。何年、何十年かかろうと、書けるまで座れ、と受け留めていますが・・・」
老師「皐月は鶯の声に何を思うかな・・・」
慧智「一度生まれ、一度死ぬのが常、同じ出来事は二度と起きませんね」
老師「おい、頭陀袋に饅頭があるだろう」
慧智「飯袋子に先おこされました」
老師「喫茶去ということか」
慧智「龍澤まで3里ぐらいだと思いますが」
老師「カーーーツ」
 この遣り取りの真意は伝わらないと思う。出会いは因縁に従います。墨蹟は、書かれた言葉と文字に禅師の万感の思いが込められています。その思いと心を汲み取るには、文字や言葉と一体にならなくては“価値”はありません。漢字にカナをふる前にカナを教えるのが先。心が言葉を作る、言葉が心を作る。否、言葉が心、心が言葉。人を観て法を説くことが大事。
 因みに、碧巌録第七十則『山、百丈に侍立す』 垂示に云く、快人は一言、快馬は一鞭。萬年一念、一念萬年。直截をを知らんと要せば、未だ擧せざる已前。且道、未だ擧せざる已前、作麼生か摸索せん。擧す。山、五峰、雲巖、同に百丈に侍立す。百丈、山に問う、咽喉と唇吻を併却いで、作麼生か道わん。山云く、却って、和尚道え。丈云く、我は汝に道うを辞せざるも、已後我が兒孫を喪わんことを恐る。
却って、和尚道え。虎頭生角出荒草(虎頭に角を生じて荒草を出づ)。十州春盡きて花凋殘み、珊瑚樹林に日は杲杲たり。
一日一生 慧智(050724)『願以此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成佛道』 


投稿者 echi : 2007年05月24日 08:51

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