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2007年03月07日
●六中観を思い出して
昭和47年某池袋の左翼組織の書記局で活動していた時期、老師から電報が来て、数人の“胆の据わった連中”が来るから会いに来いと呼ばれた。その時は「ハイ」と言えるような境涯になく無視するつもりが、何故か寺に引き寄せられ、気が付けば末席に坐らされ、正に“茶坊主”になっていた。その一人が、日本農士学校を創立者で東洋思想の研究と後進の育成に従事し財界リーダーの啓発・教化につとめ『平成』の年号考案者として知られている安岡正篤(やすおか まさひろ)で、他に小佐野賢治、檀一雄、金丸信など意味不明の集まりだったと記憶しているが、本堂で酒を飲んでいる様子から“怪しい奴等”という感じはあった。彼のことは後に知ったのだが、本当に胆の据わった男。明治生まれの哲人で、多くの名言名句を残している。その中で拙僧が気に入っているのが、『六中観』というもの。
●死中有活(身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある)
●苦中有楽(苦中の楽こそが本当の楽
●忙中有閑(忙中に掴んだ閑こそ本当の閑)
●壺中有天(確かな内面世界こそ壷中に天を持つ)
●意中有人(いつでも人材逸材を心に留めておく)
●腹中有書(腹の中には哲学、信念が体系化されてある)
と、拙僧は『六中観』を勝手に解釈している。その中でも『死中有活』は、今の心境・境涯にピタッとくる。
人間誰しも必ず死は来る。否、死ぬために生きるのが人間かもしれない。だからこそ、時間を無駄にせず一日一生の如く生きるのである。また、寺の名前である『活人禅寺』の由来は、碧巌録の「活人剣 殺人刃」の行が繋がる大慧語録に出てくる『活人何必剣(かつじんかひつけん)』、「活人は何ぞ必ずしも剣ならん」とも読み、意味は「人を活かすのに(悪心を切る)剣が必要とは限らず、本当に優秀な者は、何もしないでも人を作る」というものなのだが、何故か安岡正篤が“その人”を連想する。
一日一生 慧智(070307)博多にて
投稿者 echi : 2007年03月07日 19:32
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