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2007年03月05日
●歩歩是道場(ほほこれどうじょう)
どんな山中の閑静な処にあっても、心に妄想や邪心があっては、其処は“道場”とは言えない。
『歩歩是道場』とは、正直な心、素直な心で己事究明(己の本性をトコトン知ろうとすること)にあたれば、そこが何処であっても『道場』、即ち修行の場であるという意味です。
つまり、修行の場とは、己の内にあり、環境に求めるものではなく、真摯な態度で暮らす“行住坐臥(日常)”の一挙手一投足、歩みの一歩一歩であり、如何なる入り口も仏道(智恵)の完成への入り口であり道であり、一歩なのです。
さて、調布の勝さん、出家を考える前に、騙されたと思って、服装など何でも宜しいから、雨の日に、少しだけ遠出し、見知らぬ土地をカッパ(レインコート)姿で、何も考えずに涙が自然に出てくるまで歩いてごらん。己の本性を垣間見ることができるよ。先ずは、それから出家得度を考えても良いのではないだろうか。坊主は世捨て人の終着点ではないんだよ。
●ネット禅会に参加してる禅士からの質問に答えました。
一日一生 慧智(070305)
投稿者 echi : 2007年03月05日 19:31
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