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2005年07月15日

野狐禅和尚の辻説法『あるべきよう』 №807

 私が大好きな言葉である『あるべきよう』とは、明恵上人の「繰り返し大蔵経を読みたるに“あるべきよう”の六字なりけり」に登場している言葉です。『あるべきよう』、その人が其処に居る。その物が其処にある。その時、その場所にピッタリとある。それが“自然”という言葉であり、『あるべきよう』の心です。人間で言うなら『適宜適時適材適所』。居るべき処に、居るべき人が、居るべき時に居る。何とも素晴らしいことです。ところが、それが余りにも“当たり前”として、心に留まらない事が多く、従って感謝を忘れていることがある。そして、“その人が、その物が、其処に”無くなると、多くの場合には“不便、不自然”を感じて、其処に、其れが在った時の“価値”に気付く。つまり、“あるべきよう”というのは、正に“奇特”であり、“当たり前”こそが一大事なのです。“あるべきよう”は『無事是貴人』に通じています。『日々是好日』も同じ。毎日毎日が、自然であること。それこそが実は“稀”なことなんです。野の草は野にあってこそ美しい。それは“あるきよう”の心を持った人なら簡単に理解できる。
 最近、皆さんは“不自然”に慣れ過ぎていませんか?“旬”という概念を忘れていませんか?急ぎ過ぎていませんか?毎年毎年、その時が来れば花は咲き、鳥は鳴き、実は実ります。人間も同じ。誰にでも“旬”があります。それを忘れると、その価値が発揮できません。これ以上は何も言いません。今日のネット禅会の前に、“あるべきよう”の価値を考えてください。そして“あるべきよう”こそが“隋縁”の結果であることを。また、“流れ”に従うことが本当の勇気であることを考えてみてください。
慧智(050715)

投稿者 echi : 2005年07月15日 23:30

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