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2005年07月13日

野狐禅和尚の辻説法『破戒坊主との問答』 №804

 朝、出かけようとすると、知人が“訳アリ”で訪ねてきた、嘗ては“タレント坊主”であった坊主。他愛無い会話があった。真剣といえば真剣、茶番と言えば茶番なのだが、活人諸兄に“何か”を感じ取って欲しいので掲載する。
慧智「久しいな」
其「・・・・」
其「俺は坊主か?」
慧智「不知」
其「エッさんは坊主か」
慧智「其が坊主なら己は坊主ではない。其が坊主で無いなら己は坊主と言われるだろう」
其「坊主とは如何に」
慧智「無」
其「禅とは如何に」
慧智「まあ、上がって茶でも飲めよ」
慧智「ところで坐っているのか」
其「歩いている」
慧智「突き当たったか」
其「突き当たれば、此処には来ない」
慧智「この茶は、高いんだぞ、美味いだろう」
其「もらい物だろう」
慧智「然り、ところで何か土産は持ってきたか」
其「玄関からは入らんで、外に置いてある」
慧智「内は暗いからな。じゃあ、捨ててしまえ」
其「捨てるほどのものでは無い」
慧智「なら、茶碗を洗って、さっさと帰れ!」
其「帰るところは無い」
慧智「行くところが無いのだろう」
其「お前、“坊主”らしくなったな」
慧智「俺は、坊主ではない。お前こそ坊主らしくなったな」
其「解った。やっぱり還俗する」
慧智「それでこそ、禅坊主だろう」
慧智「だったら、その衣を置いてゆけよ」
其「新しいのも良いものだ、これと換えてくれ」
慧智「俺のは、衣より破れの方が大きいぞ」
其「俺には似合う。なんたって破壊(戒ではないのだろう)だからな・・・」
僅か15分で消え失せた。どこから来たか。どこへ行ったか。何とも気分の良い訪問であった。
彼とは10年振り。ここ5年は風の頼りも聞かなかった。元気で何より。屋根の無い寺こそ本当の禅堂なのだ。在家は出家、出家は在家。困った世の中である。
慧智(050713)

投稿者 echi : 2005年07月13日 16:47

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