« 野狐禅和尚の辻説法『仏性と法性』 №792 | メイン | 野狐禅和尚の辻説法『山寒花発遅』 №794 »

2005年06月30日

野狐禅和尚の辻説法『常行一直心』 №793

 「常に一直進(じきしん)を行(ぎょう)ず」と読み、六祖壇経の言葉です。意味は読んで字の如し。“どんな事でもどんな時でも直心(直向な心)で励め”という意味です。流す、適当にやる、そこそこにする、ボチボチでんな・・・・日常には手抜きを肯定するような言葉が多い。また、『過ぎたるは及ばざるが如し』という表現もある。さて、どういう意味だろう。我々の行為は何事にも“目的”がある。その目的が大きければ、通過点に“目標”を置いて、目的が振れないようにする。つまり、目標は目的ではないし、目的は目標ではない。表題の『常行一直心』は、“常行”とある以上“目的”達成の心を表わしている。
 先日、受験を前にした高校3年生に『受験の心構え』について話した。その時のこと、一人の生徒が「先生、人生の目的なんて解らない。それより大学受験をどうすれば突破できるかを話して欲しい」と言われた。そこで「君は大学に入る事が目的なの?」と聞くと、「勿論」と返事が返ってきた。「では大学で何をするの?」というと「入ってから考えるんだよな~」と他の生徒に同意を求めた。「では、受験する大学や学部はどうやって決めたの?」と聞くと、「偏差値」という返事。・・・・。正直、彼の論理は全く理解できなかった。しかし、彼の入試に対する必死さは理解できた。問題は“そこ”にある。簡単に言えば「入れそうな大学で一番のブランド校」に入りたいので、自分の得意を見つめ、将来を見つめ、将来の仕事に必要な知識や人間関係を獲得する為に学部や学校を選んでいないことだ。正直、受験だけを突破するのは簡単である。しかし、“簡単さ”が解るには“その学部”に精通しなければならない。精通する為には“その学部”が好きでなければならない。好きであれば“肝”は見えてくる。肝が見えれば、出題の傾向は自ずから解る。つまり、学部で必要な基礎の基礎が出題されるのが“入学者選考試験”なのだ。つまり、目的から大目標、中目標、小目標と落とし込んだ結果で学部や大学を選ぶことが、入試を突破するために最も合理的なのである。翻って言えば、「自分はこんな仕事をして、こんな人生を送る」と聞ける事が、合格の肝なのだ、と教えた。ところが、理解できないようであった。海外へでようとしなければパスポートは要らないし、車を運転しなければ運転免許は要らない。何とも不思議な生徒であった。その後、校長と懇談すると「今の生徒は皆、そんなものですね」と。「我々も、人生なんと教えられないし、それは自分で考えることで学校の役割だとは思いませんね」と。疲れた。何かが狂っている。そう、子供達に“大志”が無い。『大志を抱いて大志に拘らず、囚われず、常行一直心、縁に随え』と祖父に叩き込まれた。今更ながら、在り難さを実感した。今度は私が偉大な“祖父”になろ。それしか考えられなかった。
慧智(050630)

投稿者 echi : 2005年06月30日 00:40

コメント

 
活人禅宗・両忘活人禅会
活人禅会:茨城県久慈郡大子町浅川椢立目2644 両忘山活人禅寺  南伊豆禅会:静岡県賀茂郡南伊豆町加納1232 The禅House