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2005年06月29日

野狐禅和尚の辻説法『仏性と法性』 №792

 『長者長法身 短者短法身』という言葉を知っていますか?これは意外と知られていませんが、仏教の根本教義を知るうえで大事な言葉です。元来、仏教の宇宙観では、「山川草木悉有仏性と言って、全ての現に仏性が宿り、物我一如ではあるが、人間に宿る宇宙原理を仏性、人間以外に宿る宇宙原理を法性といい、全ての存在・現象は、“それ自身、そのまま”で円満と考えています。この根本教義、真理から、背の高い者は背の高いままで立派な仏であり、低い者は低いままで立派な仏という意味から『長者長法身 短者短法身』という表現が使われます。それを解釈すれば「不可分不可同」であり、現象には例外なく仏性法性が宿るのだから、全ては“一の如し”であり、男女、貴賎、老若・・・・を差別区別せずに、それぞれの“個性”を歪めることなく“活かす”ことが大事であると説いています。竹は竹で立派、松は松で立派・・・。つまり森羅万象は“あるがまま”である事が“個性的”であり、本来本性、仏性法性を活かしているのが完成されている状態として尊び、己を分別し、己以外を分別して他の個性を真似るような自己否定を問題視します。ですから、どんな状態でも、それが自然≒仏性であるのが根本ですか、自己否定をする人も、その状態が織り込まれた個性なので、それはそれで立派ということになります。
 つまり、人間が“己を知る”という場合、その根本は“仏性”であり“無個性”なのですが、仏性の見え方(報身)、機能作用(化身)、それらが統合された姿(如)を法身により『個性』があると考えています。
 そして、無個性(無差別)である本質を知って、現象している個性を活かし、他を活かしている者を『活人』と呼んでいます。ですから活人の目で世の中を観れば、好嫌、賢愚、損得、美醜、強弱、男女・・・・の差別は全く無いのです。ですから、活人の修行レベルを自己診断するには、嘗て“我”ゆえに好きだ嫌いだ、怖いだ可愛いだと差別していたものが薄らぎ、無くなっているかをチェックすることです。お解りかな?KKさん。
慧智(050628)

投稿者 echi : 2005年06月29日 04:21

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