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2005年06月21日

野狐禅和尚の辻説法『真玉泥中異』 №783

 「しんぎょく・でいちゅう・に・いなり」と読みます。出典は景徳伝燈録です。意味は「本物(者)は、何処に在っても本物」ということです。本物(者)は、寡黙であっても随所で主となるでしょうし、主人公。大道を進むということは、多くを語らず、他人を気にせず、堂々と、そして勝手に輝いていれば良いのです。『今・此処』があなたの舞台。解る人は解るし、それに嫉妬し足を引っ張ろうとする下衆な輩もいる。しかし、『両忘』、その両方を忘れて、大道を歩む。それが大事なんだ。
 F君。心配は理解できるが、“君は本物”、何も気にする事は無い。本者とは、本来の己に忠実に生きている人であり、強味を活かしている人であり、弱味を隠さない人。つまり、分相応を知って淡々と、そしてイキイキと“今与えられている仕事”に全力を出し切って居る人。
F君、『オドオド、キョロキョロ、ギョロギョロ、ベラベラ、ヘラヘラ、モジモジ、カリカリ、ドタバタ、ソワソワ、ヒソヒソ、チョロチョロ、バタバタ、セコセコ、ウジウジ、ピリピリ、ショボショボ・・・』、そんな言葉は、君に似合わない。「サラサラ、グイグイ、グングン、ニコニコ、ノシノシそしてコツコツ」、それが“ピカピカ”の『真玉泥中異』。
大丈夫、大丈夫。心配御無用。私も活人禅者も、皆、君の味方だ。骨は拾ってやるから、信念を貫け。しかし、それに囚われるな、拘るな、偏った考え方はするな。どうしても困ったら、私を悪者にして火の粉を避け、体力気力を再生して出直せば良い。私は癌だが、防弾、防炎・防火・耐水構造だから大丈夫。
 出る釘として頭を打たれ、転職に迷っている青年からの相談を受けて
慧智(050621)

投稿者 echi : 2005年06月21日 00:21

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