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2005年06月10日

野狐禅和尚の辻説法『夜坐は目をカッチリと見開け』 №772

今日の夜明け、フト油断したのか、薬師堂の岩の上での坐禅中に居眠りをしてしまい、落ちた。幸い、打撲と擦り傷だけだったが、どうやら断崖を3メートルを頭から落ちたようだ。思い出せば15歳の春にも同じ様なことがあった。その時も「初志貫徹」を再確認した。私は、時には痛い目に遭わないと忘れていることがある。それは目的≒初志、目標≒隋縁(臨機応変)ということ。稼業ゆえに頭で忘れる事はなく、口にも自然に出る。しかし、忙しさ(心を亡う)故に、淡々と生きるという初志に埃が溜まるのだ。
 “野狐禅和尚”の由来である無門関第二則『百丈の野狐』の偈に「不落と不昧、両采一賽なり。不昧と不落、千錯万錯なり」とあります。第二則は『因果律』に関する公案で“因果一如”をトコトン体現させるもので、それを透過すると、本心から“苦楽一如”、今・此処を生き切ることに何の疑問も無くなる。
 15歳の春、師から与えられていたのが「如何なるか仏」。“無字”を透過した直後。眠れずに苦しんでいるのに居眠りして、岩場の夜坐で転落し鎖骨を折り全身打撲と擦り傷。元社員のことで40年振りに『理か情か』で苦しんでいた。そして、眠れぬままに居眠り。そして転落。そして『理情一如』、自然に任せる、と気付いた。最近は、誰も私を打たない。やはり、生涯一雲水でいなければ。打つ者がいなければ、己で己を打てば良い。今、左手、左足の打撲、擦過傷が警策代わり。やはり坐禅は素晴らしい。しかし、居眠りはいかん。夜坐こそ闇を睨みつけて坐らねばならない。そして闇を一体になって暁天を一体になれることを忘れまい。
 活人諸兄、ネット禅会でも『一如』を忘れることないように。
慧智(050610)

投稿者 echi : 2005年06月10日 01:49

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