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2005年06月08日

野狐禅和尚の辻説法『自画自賛』 №770

禅画の特徴は、絵が描いてあって、それを説明する言葉があることです。これを賛(さん)といいます。多くは、そこに描かれた絵の内容に賛同して、それを言葉で表現し、称えるものです。つまり、絵を描いた人と賛を付ける人が別なのですが、我らが白隠さんは、絵も賛も全て自作がほとんどです。これを「自画自賛」といいます・・・。自画自賛というと、“自惚れ”“ナルシスト”などを連想する人が最近は多いようですが、本来の意味は違いますよ。
さて、小拙の場合も自画自賛なのですが、それは白隠さんと異なり、絵だけでも言葉だけでも言い表せないところからの苦渋の選択で、何とも情けないものです。○一つで全てを表わす事が出来るようにと精進しているつもりですが、何せ根っからの愚者ですから、絵と文字と言葉をフルに動員しても足らずという始末。情けない。とは言え、私は“行動”で示していると“自画自賛”というか、居直っているのですが、朝一番でキツイ一発を電話で受けました。「和尚の作品の坊さんの顔は全て違うね。心が定まっていないんじゃない?」と。「確かに」と応じたが・・・。『本来無一物』『応無処住而生其心』『行雲流水』・・・とは書いてはあるが、返せなかった。
さてさて、「心をひとところに安住させず、フラフラもさせない」とは融通無碍、臨機応変と言えるだろうが、それには、心を何処におけば良いだろう。それこそ“無心”と答えたいだろうが、心という文字も言葉も絵も、そして態度にも表わさずに応えよ。さあ、活人諸君、応えよ!
慧智(050608)

http://www.g-shosai.jp/museumf/mukongetu.html

投稿者 echi : 2005年06月08日 00:51

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