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2005年05月30日

野狐禅和尚の辻説法『葵花向日』 №764

『葵花向日』は、「きか ひにむかう」と読みます。意味は、“ひまわり”は太陽を追いかける。翻って言えば、雑念に惑わされず一つ事に集中すべしということです。“ひまわり”の咲く夏は、晴れ渡った空、青々した木々・・、一見すると、ギラギラと輝く太陽より魅力的な景色ばかりです。しかし、大輪の花を付け、虫たちを呼び、命を繋ぐという大目的のために“ひまわり”は只管に太陽を追います。
ところで、人間はどうでしょう。あれもしたい、これも見たい、それが欲しい・・となかなか心が定まりません。企業社会では「選択と集中」という言葉で、企業の成功は“何でも屋”ではなく、自社の強味(個性)に特化して、特化した事業に直接的な影響を与えられない事業は“捨てる”ことから始まるといわれています。
ところで、活人の皆さん。趣味でも仕事でも、所謂“極めたい”と考えている事は、絞り込まれていますか?。「二兎追う者は一兎も得ず」なんて事になっていませんか?
『照顧脚下』『看脚下』などという禅語も同じです。今・此処で“為すべき事”に『一意専心』、キョロキョロせずに、一つ事に集中する。それが“成果”を産出する唯一の道だとは考えませんか?
俗に“マルチ”と呼ばれる事がある私の場合でも、「頼まれた事で、出来る事で、すべき事」と感じた事の“一点”に集中し特化して生きているつもりです。皆さんは、どうですか?“頼まれもしない事”に手を出す。“出来そうも無い事”を引き受ける。“すべきでない事”をしてしまう、ということはありませんか?
悩んだら、“ひまわり”を思い浮かべ、足元を看てみませんか?
勿論、将棋の内藤九段のように、「芸能界で一番の将棋打ち、棋界で一番の歌唱力」という、“オンリーワン”の発想も大事ですし、“ナンバーワン”より“オンリーワン”が禅の思想に合致しているとも言えます。
大事なのは、選択や集中の大きさではなく、選択する事であり、集中することなのです。“選択”とは、一見すると“分別”のように思うでしょう。しかし、私は“それ”を『縁』に支えられたことと考えています。ですから、時間がかかるかも知れませんが、結果的に“選択”・“集中”となるのでしょう。
さて、今日、貴方は何を捨てることが出来ましたか?全てを捨て切れれば、最後の一つは“己”であり“無心”ですね。それが叶えば“空”という、『諸行無常で相互補完』という真理が見えるでしょう。
慧智(050530)

投稿者 echi : 2005年05月30日 01:55

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