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2005年05月22日

野狐禅和尚の辻説法『只管坐る』 №759

どんなに修行をしても、修行を終える事は無い。死んで、善人が極楽、悪人が地獄ということもない。輪廻から逃れる物は無い。そう聞くと、何の為に“修行”をするのか、と返ってくる。そもそも“修行”とは何だろう。俗には「悟りを求めて仏の教えを実践する事」である。修行≒難行・苦行などという意味は無い。仏の教えは“苦”なのだろうか。違う。「一切皆苦」という表現で、此の世の本質が苦(エントロピーの増大)であることを発見し、諸行無常を自覚し、森羅万象と合一して生きよ、というのが教え。つまり、森羅万象と合一して生きることが“修行”。決して“苦しむ”ことではない。流れに逆らわず、素直に生きる、それが修行である。流れとは“縁”と読み変えても良い。つまり『隋縁』であり“無心”に生きること。大道を歩むには、誘惑に乗って横道や袋小路に入るような下手な分別は捨てろ、という。確かに、金は欲しいだろう。その金で手に入れたい物があるだろう。それがあれば幸せになれると思うかもしれない。つまり“金”は手段で“幸せに生きる”ことが目標であり目的だろう。人間は、どのような時に幸せを感じるのだろう。“金”があると幸せか?それが妄想であることは“一度、金を持ち、失った人間”は知っている。“幸せ≒楽しみ”の対極と思われている“不幸≒悲しみ”は『失う事』だといことを。そして、その傷心を癒すために“喜び≒快楽”を求めるということ。そして“快楽”にはコストがかかるということを知る。この弁証法的論理は“俗”が“聖”の世界を垣間見るには便利であり、疑問が解けるのは快感だろう。しかし、解けない疑問もある。弁証法では手に負えない疑問もある。否、その方が圧倒的に多い。哲学を学ぶと必ず行き詰まる。そして苦しむ。実は科学も同じ。経済も同じ。学を究めると“学は極まらない”ということを知る。俗的に言えば、人間には器(分)があり、古くから『分相応』、『知足』が処世訓として説かれている。
 今日は、『人間の器』とはを考える瞬間が多かった一日であって。そして、器を眺めていた。器の質。量の規準となる容積。器の見せる姿形。中身を覗くと混沌としているのが解る。混沌は必ず沈殿する。沈殿したものが価値感となる。言い換えると“自我”となる。器がエス(イド)、沈殿物がエゴ、上澄みはスーパーエゴと捉えた学者もいた。解り易いが、疑問は多い。“なるほど”と言えば疑問を持たず、“苦”を背負い込まずにすむ。突き詰めると、この世は“一切皆苦”ということが素直に解る。そして“苦”を避けるには“今・此処”を淡々としつつ全力で生くことだということも素直に解る。“今・此処”には時間も場所も存在しない。瞬間的な現象世界で、二度再現することはない科学には歯が立たない世界だ。結局、己が妄想であれ何であれ幸せに生きてゆくには“瞬間に成り切る”ことしか無い。人生とは“瞬間”の連続を自覚して生きること。始まりも無く、終りも無い。俗的に見ても、苦が続くことも楽が続くことも無い。脳細胞は毎日死ぬ。再生することは無い。今、解っているのは死ぬ脳細胞は、その持てる情報を隣の元気な細胞に転移させるということ。だから、昨日の己と今日の己が同一だと勘違いする。それは恰も“雲や水”の如きである。器を眺めていると、器の中の水に目が行く。見ている水は、瞬間瞬間、変化をしている。分子崩壊から逃れることは出来ない。全ての現象に再現しない。繰り返すのは『法則性』だけである。それは色即是空・空即是色。不生不滅。不増不減。不垢不浄。
 人間は、坐れば落ち着くし、考えなければ落ち着いている。お茶を飲んで、ゆったりと坐ろう。そして一日の垢を落そう。体を風呂に入れるように心を風呂に入れよう。それが坐禅。只管に坐ること。坐れば本質が見えてくる。本質とは“器に内外なし”ということ。見える物と見えない物に違いがないこと。正に、在って無く。無くて在ること。即ち色即是空。空即是色ということ。真理・法則は極めて単純。つまり、物事を難しく考えて苦しむことはない。今・この場を全力で生き切れば、大道を外すことはない。大道はグッドサイクル、邪道はバッドサイクルのこと。しかし、大道と邪道は異なる道ではない。大道を迷って歩むのを邪道というだけ。素直に、素直に生きよう。只、只管に生きよう。そして素直に死のう。
 今日、セミナーの間に1時間のアイドリングタイムを頂き、坐っている時間が出来た。一時間は一瞬であり永遠とも感じられる。『壷中日月長し』
慧智(050522暁天4時)

投稿者 echi : 2005年05月22日 00:00

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