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2005年05月16日

野狐禅和尚の辻説法『質問:どのように勉強した?』 №755

 20歳の大学2年生から「和尚の本を読みました。マルチですね。20歳頃、どんな勉強をしましたか・・・?」という質問を受けました。そこで、出来る限り具体的にお応えしようと思います。『勉強』は、一人一人の個性や環境で全く異なるでしょうが、人間の頭は2種類の大きな個性に分かれています。20歳とは言え、現代は七掛け時代。一昔前で言えば14-5歳でしょう。ですから、14-20歳頃までの“我流”の勉強法をお話しします。
14歳の夏、平凡社の百科事典26巻に出会い感動。夏休み40日間と冬休み14日で全てを読みました。1冊1000ページ程度で4~5段組だったと思いますが、夏の接心を除いて、夜10時からの3時間を含めて一日平均6時間くらいは読書三昧でした。勿論、雲水はメモ書禁止だし図書館の本ですので書き込みも禁止。しかし、“全ては覚える”という習慣が小僧として5年も修行していれば誰でも出来ますので、只管、読みました。本師曰く「人間、生きてゆくに必要なことは全て知っている。知っていることを素直に出せば、本など要らん」を叩き込まれていましたからね。しかし、学校に行けば図書館にも教科書にも黒板にも、興味を掻き立てることばかり。誰でも“知るべき事”を覚えるにはメモが必要だろうが、“知りたい事”にメモは要らないでしょう。つまり、“何もかも”、“知りたい事”だったのです。それに読む速度は、“知りたい事”であればあるほど、早くなります。反対に“知るべき事”は、その重要度を意識すればするほど、どんどん遅くなります。言い換えると、百科事典も教科書も板書も、私にとって“知るべき事”ではなく、“知りたい事”だったのでしょう。なお、所謂“速読”は自然に出来るようになり、今でも500ページ30分程度で読みます。
以上のところのポイントは、本も、教科書も、“常識”と信じ込んで殆どの生徒学生が行なっている『重畳的学習順序』が私には合わなかったし、速読のお蔭で、学ぶ順序は無視できたということでしょう。思い出しますと、私は、足し算→引き算→掛け算→割り算という順序でノンビリと勉強した経験がありません。米の量・疲労度・人数からお粥の水の量を瞬時に割り出すのが、“算数”の最初でした。つまり、それがキチンと出来ないと、自分の食べる物は無くなるし、みんなに迷惑をかけるという瀬戸際にあったからでしょう。また、カタカナを覚えるより先に漢文を読まされもしました。間違えればピシャッとされますので、今思い出すと、漢字は表意文字として記憶したのでしょう。それに身近に遊ぶ環境がなく、その面白さと交わらなかったことも“知る事時間”を増やしていたのでしょう。『必要は発明の母』とは納得です。時々“博学”と言われますが、その自覚はありません。誰でも知っているが、思い出せない事を素直に思い出せる力を、幼少期の坐禅が付けてくれただけで、私は一般人です。知能で悩んでいる人には“嫌味”と取られるかもしれませんが、本心から『頭を自由自在に使いたいなら坐禅をしなさい』としか言い様がありません。私のような素材が悪くとも“そこそこ”にはなります。その経験を後に『禅脳思考』と名付けて、禅会員に伝授していますが、精神力などという自分を縛る縄を解き、何事にも囚われず拘らず偏らず、“無心”となって“事と一体”となれば、何でも吸い込んでしまうのが、私達の“脳”だということです。
★『出来る事』を工夫して『したい事』をする。『すべき事』は進んですることで“強制”されないので、直ぐに『出来る事』になる。『出来る事』が増えると『したい事』が増えても大丈夫。時間まで増えるから★
 以上、出来る限り具体的に話したつもりです。そこで、今話したことを全て忘れて『坐禅』に来ませんか?夏の休みに一月も小僧として来ていれば、それなりに納得の行く己に会えると思いますよ。
慧智(050516)

投稿者 echi : 2005年05月16日 02:23

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