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2005年05月15日
野狐禅和尚の辻説法『無象無私春入律』 №754
「象なく私なく、春、律に入る」と読む。従容録にある万松行秀の句で、意味は『春と季節には形も私という我も無いゆえに、花は咲き、草は萌え出て、春夏秋冬のリズムが始まる』と、今日の私は受け止めている。
今日の活人禅堂は、梅・桜が終り、木蓮が中継ぎをして、全山、色とりどりのツツジが満開で、所々には藤が枝垂れ咲き、ボタンはその花弁を風に揺らし、カキツバタは端正な顔立ちを覗かしていた。正に百花繚乱の風情がある。禅堂に一人坐していると、鳴き慣れた鶯が経を唱え、『生き急ぐなよ』『淡々と暮らせよ』『一日一生だぞ』と、正に、“法・法華経+25、25”と聞こえた。
今日は、春を迎えられた感謝の記念として、癌封じでお世話になり続けて居る薬師堂の前にスモモと桃、禅堂の前にはプラムの苗木を植えた。ふと、ツツジの花越しに下を見ると、浅川が水量を増して流れ、田植えの終わった田の水は、風と雲と空を映していた。寺を後にしようとすると、庫裏の軒先に蓮を咲かそうと禅姉が置いた大鉢の水が澄んでいるのに気付いた。泥水のような煩悩も静かに坐していると澄んでくる。煩悩即菩提。煩悩是道場。日々是好日。正に、山川草木悉有仏性。己以外は皆師である。自然は素晴らしい、自然は偉大な教師である、と感じつつ所用のため170キロ先の東京を目指して時速***キロで90分、常磐道を東京に向った。
慧智(050515)
投稿者 echi : 2005年05月15日 16:10