« 野狐禅和尚の辻説法『教育について』 №753 | メイン | 野狐禅和尚の辻説法『無象無私春入律』 №754 »

2005年05月13日

野狐禅和尚の辻説法『諸行無常』 №752

 親しい方のご尊父様の通夜に列席させて頂いた。ご縁の深い方の急な訃報に接し、ご遺族の心境は如何許りかと察するに余りある。
卍山広録に道白の言葉として『一蓮托生拭目可待』(いちれんたくしょう、まなこをぬぐいてまつべし)という一句がある。意味は「愛しい人に先立たれたあなたではあるが、何れはあなたも往生し、極楽において同じ蓮の葉の上に坐るであろうから、涙を拭い、気を確かに持つことだ」というもの。
 また、禅堂の板には『生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人』とある。意味は「諸行無常の人生は迅速で、生き死にという迷いの対象は悟りへの切っ掛けとなる一大事の因縁であり、時は人を待たないので、寸暇を惜しんで修行に打ち込め」というニュアンスである。
 人間、どんな元気で健康であっても一寸先は誰にも解らない。生死一如とはいうものの、現実には不安を抱える者も多いだろう。それ故に、一瞬一瞬に完全燃焼し、一日一日を一生と考え、悔いの無い一日を積み重ねることが大事で、不安を払拭する唯一の生き方なんですね。人は生まれれば例外なく必ず往生します。生死とは宇宙が『凝縮して拡散する』こと。大宇宙が、小宇宙に変身して、また大宇宙に戻ること。即ち『不生不滅・不増不減 不垢不浄・・・・』。命は大自然の営みの一過程であり、往生もまた同様。即ち諸行無常、常なる現象は無い。過去に拘らず未練を残さず、未来に囚われて自由を捨てることなく、融通無碍に一瞬一瞬を真剣に生き、足るを知って明日に備えよう。
ご冥福をお祈り申し上げます。
慧智(050512)

投稿者 echi : 2005年05月13日 16:12

コメント

 
活人禅宗・両忘活人禅会
活人禅会:茨城県久慈郡大子町浅川椢立目2644 両忘山活人禅寺  南伊豆禅会:静岡県賀茂郡南伊豆町加納1232 The禅House