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2005年05月01日

野狐禅和尚の辻説法『大器晩成』 №742

 Xさん、近況メール有難う。連休は、迷いを吹っ切るために坐禅三昧のXさんに贈ります。以下は、2年前の7月に『超訳・菜根譚・前集222項』で書いたものを再掲し、言葉を加えています。
■前集222項 原文
桃李雖艶、何如松蒼栢翠之堅貞。
梨杏雖甘、何如橙黄橘緑之馨冽。
信乎、濃夭不及淡久、早秀不如晩成也。
■読み下し
桃李(とうり)は艶(えん)なりと雖(いえど)も、何(なん)ぞ松蒼栢翠(しょうそうはくすい)の堅貞(けんてい)なるに如(し)かん。
梨杏(りきょう)は甘(あま)しと雖(いえど)も、何(なん)ぞ橙黄橘緑(とうおうきつりょく)の馨冽(けいれつ)なるに如(し)かん。
信(まこと)なるかな、濃夭(のうよう)は淡久(たんきゅう)に及(およ)ばず、早秀(そうしゅう)は晩成(ばんせい)するに如(し)かざるなり。
■超訳
桃やスモモの花は艶(あで)やかだが、松や柏の常緑の強さには及ばない。
梨やアンズの実は美味しいが、黄色のダイダイや緑のミカンの芳香には及ばない。
何はともあれ、艶やかでない物は、さっぱりして長続きするものには及ばないし、早熟は晩成に及ばないのは事実だ。
つまり、世間の評判がよい早熟で表面的な知識や技術を実力と勘違いした頭脳派は、たっぷりと時間がかかった実質的で内容の充実した“経験者”には及ばないということ。
言い換えれば、現代は、早熟・軽薄短小が持て囃されているが、晩成・重厚長大の素晴らしさこそ本物だろう。他人に何と言われようと、コツコツと地道な人生を歩むことが“本者”の人間の道だろう。仕事か、会社か、帰属を問う“自利”も良し、不特定多数の最大幸福を支援する“利他”も良し。真の自利と利他は、不可分不可同。過去は囚われないこと、未来に拘らないこと。“今”を無心に生きてください。自分の決断を信じ切ってください。何処に居て、何をしていようと、貴方は貴方なんです。貴方は貴方を磨き上げるんです。それが利他に通じるのです。“未知数”は外にあるのではなく内にあることを忘れずに。そして“外”も“内”も、貴方を含む宇宙の従属変数(これを“縁”といいます)で、世の中には相互浸透(因果といっても良い)から逃れた“独立変数”などは無い、ということも忘れずに。
なお、『大器晩成』という言葉は『老子41章』に出てきます。時間があれば『老子』も一読されると良いでしょう。
慧智(050430)

投稿者 echi : 2005年05月01日 16:19

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