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2005年04月02日
野狐禅和尚の辻説法『人生の起・承・転・結』№716
人間を幼児・少年・青年・壮年・老年というような主に生物学的な年齢を基準とした段階だけで解釈すべきではと考える事が多い。また、第二の人生だとか、日本ベテランズ倶楽部提唱の11月14日(いいとし)は盛人式とか、成人式は30歳にすべき、ないし15歳にすべき等の議論を聞いていると、“人生”というマラソンのような過程を個人が積極的に考える上で何らかの標準的な指標が必要なのではないだろうか。
是までの人生を振り返ると、社会適応を目標とした“学習期”、学習の結果を利用して社会の最前線に参加している“自利の期”、第一線での仕事を退き社会の後方支援に徹する“利他の期”そして、出来る限り健康でそれまでの知識や経験を後世に残す“総轄の期”といった区分が出来るのではないだろかと思っている。それは人により異なるだろうが、25歳までは勉強、55歳まで最前線、70歳までは後方支援、それいごは悠々自適といういうようなイメージが生まれてくる。『学んで、行い、育てて、去る』。人間の一生とは、そのようなものだろう。
慧智(050401)
投稿者 echi : 2005年04月02日 06:33