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2005年03月24日
野狐禅和尚の辻説法『和以為貴(和をもって貴しとなす)』№708
『争』が賛美されている昨今、今一度“日本の心”である『和』を見直すことを真剣に考えなければならない時期が来ている。『和』は、決して“事勿れ主義”ではなく、相克状態を止揚した積極的で新しい対立解消の結果です。
聖徳太子の十七条憲法の第一条に登場する“日本人”の“心”の在るべき姿を示した事が表題の『和以為貴』です。『和』は“和合”であり、全ての現象には“本質・真理”が投影されているので、両方を否定したり、片方に偏ることなく、対立を“和合”させて“本質を浮かび上がらせることこそを最優先とする考えで、現在のような未熟な知性からの単純な二元論(白か黒か)に陥らないことが大事です。しばしば、是々非々などという極論主義では、対立が構造化し、必ず“争い”がおきます。争いは“勝者と敗者”をつくり、最後は崩壊するというメカニズムを内包した縦社会へと向かいます。“和”は、言い換えれば“補完”であり、対立する意見から双方の良さを抱き合わせることで“平和(和らかく平な状態)”を建設します。“男と女”に対立があれば『人間』として和合されます。善と悪は“無”として和合されます。表と裏は、“一体、一如”として和合され、不可分不可同に帰結します。其の発想の原点が『色即是空 空即是色』です。『和』の発想は、単純に“足して二で割る”というような疑似一元論ではなく、『万法帰一』を拠り所とする、最小公倍数・最大公約数探しと言えば解り易いでしょう。男と女の例に準えるなら、最小公倍数が『人間』、最大公約数が『生命』と考えられますし、色即是空・空即是色の真理は貫かれています。金か精神か、頭か心か、古いか新しいか、・・・というような対立的な神様志向の偏った考えを捨て、両論を否定せず、肯定もしないという偏りのない『中正』を重視した生き方こそが“21世紀の日本人”であり、世界の対立の仲介者としての“あるべき姿”ではないでしょうか。
慧智(050324)
投稿者 echi : 2005年03月24日 06:44