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2005年03月05日
野狐禅和尚の報告『中年ダッシュ村≒ベテランズビレッジ構想』№686
●日本人の原点、心身自適、互恵の村『南伊豆・菜根譚(さいこんたん)』
平成17年5月から、静岡県賀茂郡南伊豆町の農業生産法人(私が代表)が所有する約18万坪(約60万平方メートル)の土地において、自然と共存しスローライフを目指す人々が集える“一流の田舎”を目指し、『一人が皆のために、皆が一人のために』を合言葉、『菜根譚』を村名に、質実剛健、質素倹約の創村活動を、仲間を募って開始する。
金だ物だと世知辛い世の中であり、一寸先はデフレかインフレか全く読めないし、モラルの低いインテリは“金儲け”に奔走し日本を性悪説の国であるアメリカに売り渡そうとしている現代。理想は“金や物”から独立した『心と事』で繋がる“一流の村”の建設だ。しかし、物から事、金から心へという極論から極論に振れるのは、極論を助長し強化する結果を招くだけで、自然が誘導する“正しい結果”は出ないだろう。
そこで、これから開村する『菜根譚(仮称』では、“出来る限り自然に暮そう”を合言葉に『極論を排除した両忘思想(中庸)』で暮せる環境を整備する。それは、個々に独立しながら、イザとなれば助け合う“相互貢献”が自然に起きる村だ。言い換えれば、必要以上に近付かない必要以上に離れない人間関係が保たれていることであり、多種多様な個々の意見は止揚され上位の概念に統合される文化をもつ村だ。意見が右左に分かれたら右左の両論を包み込んで“上”に統合される文化だ。つまり、男か女かと意見が分かれれば“人間”と読みかえられる文化だろう。有罪か無罪かと分かれれば“罪は補償し人は成長する”ということだろう。
『菜根譚』は、出来る事なら“自給自足”が望ましい。しかし、現実には難しい。となれば、“物々交換”や“結(ゆい)による協働(それぞれの得意を活かして相互に貢献する)”ということになるだろう。そして、誰も偉くない。誰も諂わない。其々が行動責任を担える村だろう。
私が、こんな思いで創村するからといって仙人ではない。現実から逃避することでもない。事実は事実、現実は現実として認識し、謙虚に受け止め、本来の意味で“理”に適った暮らしを実現したいだけだ。電気の無駄使いはしないが蝋燭生活を強要もされない。移動には車を使うが出来る限り歩く。贅沢はしないが赤貧に甘んじない。言い換えれば“創意工夫”が尊重され、活かせる村なのだ。
●『菜根譚』の場所は、伊豆急・下田駅から車で20分ほどの周囲を山に囲まれた盆地状の土地で、進入道路は走雲峡ラインから一本、入口を入れば恰も独立国のような風情がある。
●村民になってもらいたい人は、現在退職準備中の方、退職された方、週末だけでも自然に帰りたい方、都会育ちで田舎の無い家族など、物質文明と拝金主義に違和感のある方で、評論家ではなく、自ら進んで汗を流す率先垂範が出来る人だ。
●現状は、土地と果樹園があるだけ。全ては開村してから建設される。つまり、創村活動にこそ“志”が活きるからだ。言い換えれば、相互貢献の機会はあるが、何のサービスもない。縁があり村で知り合った方々と自由に語らい、アイデアを出し、自ら率先して村創りをしたい。村には週末に帰ってくるも良し。平日に帰ってくるも良し。場合によれば住まいを移しても良し。『菜根譚』を利害の対立のない“新しい故郷”にしたいだけなのだ。
●想定される人口は、300人程度。村の共同施設(役場・温泉・農地など)を利用して田舎生活を楽しむ為には、世知辛いが最低限の費用は必要なので、10年分の村民株一人150万円を募る。また、多少のプライベートのために自分専用の農業小屋を作りたい方は村民株300万円をお願いする。つまり、集められた資金で村の華美にならない最低限の施設を建設する。
●『菜根譚』憲章:一人が皆のために、皆が一人のために。
注意:村民の一人一人が利他の心で『結(ゆい)』という村の暗黙の約束事(基本理念)を守ることで、対立や諍いの無い、脱都会、脱文明の自適な生活を楽しむことが出来る。勿論、現在進行形の果樹園農業に参画することも、土地を開墾して農地を作り無(減)肥料農業、無(減)農薬という約束事さえ守れば、花や野菜、果物などの露地栽培や水耕栽培などが出来ますし、村の世話役が手伝ってくれるので、趣味の農業や園芸も楽しめるのだ。
●寝泊りは、不特定多数ではなく特定少数に限定されているため、立派な施設は考えていない。基本的には村役場とその分室(小屋)を生活の場としていただく。また、温泉施設はあるが村の共同浴場と考え、利用者は“入った時より出る時”の方が綺麗と言われる使い方をしてもらう。
●小屋掛:農業や開墾に必要な場合は、“作業小屋”を建てることが出来る。
●開墾:村民の希望を、村議会で話し合い、村の土地であれば自力で開墾し、耕作地や広場などを作り、村の理念を逸脱しない限り、どんな活動でも可能です。なお、農作業は、村役場の世話役(近隣の農家)の応援が受けられるので、週末のみの素人でも本格的農業を楽しむことができる。
●永住派も歓迎するが、質実剛健、質素倹約、利他の心は失わないで欲しい。
●疎開の村:諸行無常。過去は確定し未来は未定。一寸先は解らない。だから、東京が新潟の山古志村のようになる場合もあるだろう。そんな万が一の災難を想定して『自分の田舎』をつくっておく人の為に、非常時の衣食住には万全をきしておく。
●愛すべき中であるペット達のためには、多少の費用はかかるだろうが、ケア付きのホスピス、老人ホームも用意する。
●また、『菜根譚』には、終末の棲家である墓はないが、縄文時代の遺跡がある地域に『散骨の杜』の用意があり、村民が亡くなられても、永住するもできる。
●勿論、坐禅やメディテーションなど心身の健康を維持する場所には事欠かないし、現代風の“禅的生活”の場となるだろう。
以上、第一報。詳しくは keichi-k@tkh.att.ne.jp へメールをしてください。
慧智(050305)
投稿者 echi : 2005年03月05日 16:58