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●今、此処で完全燃焼するのが一番大切です

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●今、此処で完全燃焼するのが一番大切です


 本当なら“お墓”なんか要らないんです。そもそも、釈尊にだって特定のお墓は無いし、遺骨は仏舎利と言われ世界中に分散していますが、どうしてもお墓が必要だと考える人には、あった方が良いと思います。

 しかし、人間は毎日毎日を完全燃焼してイキイキと生き切る事が何よりも大事なのです。勿論、誰だって不安はあります。生きる不安、老いる不安、病む不安、死ぬ不安を中核に、受験に対する不安や失業する不安、嫌われたり恨まれたり忘れられてしまう不安・・。不安の種は尽きないでしょうし、未だ現前していない妄想のような不安を種に自殺してしまう人までいるのは現実です。

 それでも、多くの人達は頑張って生きてゆきます。勿論、この世は諸行無常、昨日は過去で変える事はできませんし、明日は可能性であり確定してはいません。だったら適当に生きようなんて悲しすぎます。だからこそ、今・此処を全力で生きることこそが大事であり、決定してしまった過去、可能性でしかない明日に拘り、囚われることは、今を充実する事、完全燃焼して生きる力に目覚めることが大切なのです。

 
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散骨・自然葬・果樹葬は、地球を終の棲にする事です
静岡県賀茂郡南伊豆町加納1232 千風山活人禅堂気付
 
坐禅を日課にイキイキと生きようとする者が主人公の禅寺
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