慧智和尚の辻説法


●平成17年の新年を寿ぎ、謹んでお祝い申し上げます。639 2005-01-01 (Sat)

 大晦日は21年ぶりの雪、元日は打って変っての快晴。人智の及ばぬ天変地異、諸行無常を嫌というほど噛締めた昨年とは別世界と思わす元旦を向え、只管に世の安寧を願い、朝課を済ませ、今コンピュータに向っている。ふと、窓から東京タワーの姿を見上げた。何故か漱石の『大愚難到志難成 五十春秋瞬息程』という漢詩が心を過ぎった。軽率なる分別を捨て去り、真の智慧に生きる大愚の世界に到達することの難しさと志を果たす難しさをしみじみと感じるが、既に五十年、あっという間の生涯であった、と私は解している。さて、この先、如何に生きるべきか。否、昨年落すはず命をご縁により拾い上げて頂き、如何に生きるかというより、この身を如何に活かして頂くか。今年も健康が許せば、即心菩薩禅会、活人禅会において、人生の達人・達人を目指して修養に励まれる皆様の侍者として御世話役をさせて頂けるとは思うが、私自身としては『小才幾度行新境 大悟何時臥故丘』という心境を如何に克服するかが、今年の課題だろう。否、このように思う気持こそが大愚に遠く及ばぬ未熟さを露呈しているはず。『世事浮雲何足問 不如高臥且加餐』の心境に得るべく、水が方円の器に随うよう、水の如く雲の如く無心にして淡々と、一日を一生に見立てて生きよう。
末筆ながら、皆様方が大安心の境地を得られんことを心底よりお祈り申し上げます。
慧智(050101)


●野狐禅和尚の辻説法『理入・行入・活人四行→活人禅』638 2004-12-30 (Thu)

達磨大和尚の説いた“二入四行”の教えは、『理入』と『行入』を以って“二入”とし,『行入』を四つに分け“四行”としています。
前者の『理入』は、釈尊のから綿々と伝わる“教え”の学びによって宗義を理解し,生けるもの全ては“同一の真性”を有しているにもかかわらず,煩悩の塵によって垢や錆びような表面的な汚れで覆われ、見えていないだけである事を自覚することである。そして,妄念を捨てて真実に帰り,心を凝住させ,自と他,凡と聖が一つとなって動かず,心が言葉や教えに引きづられることなく,同一の真性≒真理と合一し,迷いがなく静寂の境地に入ることである。
後者の『行入』の“四行”は、“報怨行”(怨みを懐かないで生きる),“随縁行”(感情に支配されずに生きる),“無所求行”(執着心を捨てて生きる),“称法行”(一切皆空を覚して無心に生きる)の四つによって真理と合一することである。
つまり、頭→心←体という流れから、全身≒全存在が宇宙の部分であり全体であることを体現することである。そして、それが自利利他という社会性の行動規範に帰着することであろう。勿論、自利と利他は不可同不可分であり、自と他が分離して存在することがない“一元性”であることは言うまでも無い。
私は、以上の理解を己の内外で実現させるためには、坐禅(≒自利)×作務(≒利他)に加え、活人四行観(事実を在るがままに受け入れる→事実の背景にある真実を見抜く→真実を真理として心に刻む→真理を具現化した行動を行なう)の実践を奨め、心身一如が具現すすよう実践することが活人禅の宗旨としている。
つまり、活人禅は、究極的には、般若(はんにゃ)の空観(くうがん)と同じく、世界を如実に知見する知慧を開発する自利であり、智慧を活用した利他(慈悲)を実践することである。なお補足すると、西田幾多郎(明治3〜昭和20)が禅を解釈し、それを“場所的自己”と表現した“悟り”は、単に自己の自覚ではなく,自己と他己を包むような場所の自覚となってはじめて“慈悲”と合一し、真性なる人間として統合されるもので、禅宗の教義(真の悟りを得ること)の眼目は『知慧と合一した慈悲の実践』と認識したことが参考になるかもしれない。
注1)自己は、一般的にいわれる自我ではなく,自我ならざる自己,すなわち“無我”であり、無我は、単に自我の否定ではなく『自我と世界がともに包まれる大きな自己』を意味する。
注2)坐禅は日常生活のなかで行ぜられるものであってはじめて,大乗菩薩道の実践となる。
注3)日常における坐禅もまた、禅堂で行ぜられる坐禅と同様、単なる身体の型であってはならない『行も亦た禅,坐も亦た禅 語黙動静体安然』(証道歌)
慧智(041230) *一年の締め括りとして活人禅の宗旨の一端を述べておく


●野狐禅和尚の辻説法『大疑大悟』637 2004-12-28 (Tue)

何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故・、何故・何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故・何故・何故・何故、何故・何故・何故、何故・何故、何故・・・・・あっ、でも何故?ンーーーン、そうか!。待てよ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そうか、やっぱり。 でも本当か?、だとしたら・・・ンーーーーー、なるほど。しかし、・・・・・・・・。
『     』。、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・、・・・・・・、・・・・、・・・、・・、・、 、  、    、     、     、
  、 、                     、『      』。・・・・・・・・・・・
スマトラ沖を震源とする地震に伴う“巨大”津波がインド洋周辺地域を襲い、史上最悪となる2万数千名を超える人命が一瞬の内に失われた。何故?、表面的で科学的な理由、その対応の人的な不味さに関しては“事実”であるから少し考えれば誰でも解りますし、反省もできるし、事後の備えを固めることも出来ます。それは“人智”だからです。しかし、“事実の背景”、そして、大自然の叫びに似た警告は、何にを我々に伝えようとしているのか。
以前、参禅者から“さとり”のプロセスを問われたが、私は応えなかった。理由は、其々の悟りには、其々のプロセスがあり、先入観を与えると、未熟な者は“それ”に囚われてしまい、己独自の悟り、それに至る道、プロセスを“発見”出来なくなると思ったからである。しかし、意味のある一年を送ってみて、私は変わった。私の強味は何か、私の使命は何か。命とは何か。考えて考えて考え、そして考え尽くして何も考える事が出来なくなったと自覚した。しかし、言葉で考える限界を超えた時、潜在意識というか心の奥底の言葉を使わない思考装置にスイッチが入ったのだろう。私は“それ”を意識することは出来なかったが、“その結果”である自分が知っているはずでは無いと思う考えが“フッ”と浮かび上がり言語化して口から飛び出した。そして、私の未発見であった使命に“津波”のニュースから気付いた。そのプロセズを言葉の限界内ではあるが、今日、お伝えしよう。帰納法を駆使して仮説、演繹法を駆使して一般法則から原理原則。弁証法?。プラトン的思考?全てと違います。多分、これが“禅脳思考”なのでしょう。言葉を使い果たすまで考え切って、言葉を使わない“禅脳”に点火させ、只管に坐る。そして“気付き”、そして“伝える。それが『不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏』であり、禅は言葉を使わないのでは無く、使い切ってしまうといえるでしょう。それは“力を入れない”というものではなく、“力が入らなくなるまでに使い切る”ことが大事なのです。疑って、疑って、疑って、言葉がなくなるまで疑い切り、更にもう一歩疑い、ヘトヘトになって言葉が一つも無くなるまで言葉を使い切る。そして、言葉を失って坐り込む。私の場合、最後まで残っていたものが、所謂“不安”という言葉で表される気分でした。そして、一端、全ての言葉を捨て、最初に気付いたのが所謂“安心”という気分でした。それに加え、“疑う”という心を失いました。つまり、全てに対し疑い無く受け入れるという心が出来上がったと言えるでしょう。それが己を信じ、事実を在りのままに受け入れるということに繋がっているのでしょう。以上、参考になれば良いのですが。
慧智(041228)

●野狐禅和尚の辻説法『あれから1年“坐禅”の効用(その2)』636 2004-12-25 (Sat)

 前日からの続き
2、検査の結果が出たのが6月21日だったと記憶している。信じられない事に左の肺上部の影が消えつつあるとの事であった。同日、疑問に思った呼吸器系の医師から再検査の指示を受け、午後の予定をキャンセルして再度CT,PET、胸部レントゲンを受診、今度は医師が立ち会った。何やら慌しかった。過去のデータと比較していたのだ。暫らくして医師が「肺の癌が消えている」と言い出した。私は、何を言われても取り立てて動揺はしなかった。『ダメなものはだめ。治るものは治る。人間は病気で死ぬのではなく寿命が尽きれば大自然に戻るだけ』そんな心境にあったからだ。その頃の数ヶ月、出来る事は全てする。出来ないことでも出来るだけはする。結果は厭わない。そんな思いで暮しているからか葛藤ストレスは限りなく少なくなっていた。私はストレス心理学者であり禅僧。正直、無様な死に方だけは避けたかった。周囲にはゴタゴタが相変わらず泡沫の如く浮かんでは消え消えては浮んできていた。7月になり茨城の大子にある寺を任せるという方が現われた。6月から茂原の禅堂が使えなくなった矢先のこと。捨てる神あれば拾う仏ありなのか。縁の妙を感じた。7月に入り、時間さえあれば大子の薬師堂に篭って坐禅三昧。東京から約2時間の車の運転は疲れた。しかし、山の中腹になる薬師堂で坐っていると、全身が自然へと回帰し、自然が身体へと凝集するのを実感でき、清清しいことこの上なく、運転の苦労など即座に消え失せた。医師によれば、いつ動けなっも不思議ではないし、無理をすれば命の保証は無い、と言われたが、元々、命の保証などされてはいないので、何を言われても一向に気にならなかった。動ける時は動こう、動けなくなえばそれはそれで良い、と思いつつ、声がかかれば九州から北海道まで講演やセミナーを引き受けていた。7月のある日、薬師堂で季節外れの鶯の鳴き声を聞いた。その声から「これからの時間は人の為に生きる時間だぞ」というイメージを受けた。正直、「これ以上何をすれば良いのだろう」とも感じた。何故なら、自分としては精一杯“利他”に生きて居るつもりがあったからだろう。月例の活人禅会では、相変わらず侍者・典座に徹し、寸暇を見つけては一人、薬師堂で坐った。8月からは寝ずに坐った。実に清清しい。フッと居眠りをした時など、生まれ変わったような感じだった。夏だから暑いのは当たり前だが、薬師如来と対面して坐っていると、背中と丹田が熱くなり、汗が噴出して来る。その汗が乾き出すとヒンヤリとして実に気持が良い。と同時に冷えると痙攣がおきそうになるのでカイロを当てた。アッという間に朝が来る。4時に振鈴をもって開静を知らせる為に山を下り哲学堂に行く。その後、直ぐに朝課を済ませ、台所で粥座の準備。このころから“豆乳粥”を出すようにした。10時からは作務。その頃の私には難行であった。山の上り下りだけでも息が切れ、冷や汗が背中を流れた。5歩6歩と歩くだけで内臓が怒り出し、内側から腹を蹴飛ばされる感じだった。「おお、元気だな、癌太郎」と嘯いてはみるが痛みは変わりない。心頭滅却すれば火すら涼しくしてしまうご先祖がありながら、未熟な私は“その境地”に至らない。修養が足りないのだろう。山での生活を終え、下界に戻ると忙しい毎日が続いていた。分不相応に“新規事業”が目白押し。農業だ、中国での教育事業だと5つものプロジェクトに関わり、机は頭と共鳴して散らかり放題。一日6時間の睡眠を目標にしていたが、相変わらず3時間しか眠れないのが現実だった。まあ、これが私さ、と思い、無理に眠ろうとはしなかった。原稿も山ほど引き受け、11月には3冊が同時に上梓されるほどだった。その頃、経済同友会の教育関連の委員会に所属している関係で、頻繁にボランティアで講演や授業に出かけていた。相手は中学生、実に元気が良い。私はこの時とばかり“元気”を盗むことにした。冷房のない教室は実に暑い。Yシャツがオーガンジーのように透けるほど汗が出て、女生徒に笑われたこともあった。しかし、50分、元気の限り話しをしていた。8月を過ぎても、私は寝込むことは無かった。相変わらず毎週の検診。9月の検診では脾臓・肝臓・胆嚢の癌が進行を止めていると告知され、訝しがる医師が「これなら手術ができる」と言い出す始末だった。私の応えは勿論「ご縁療法一筋で行きますから、見守ってさえいてくれれば結構です」というもの。ご縁療法が何であるかは其々に差障りがあるので誰にも話していない。実は自分でも何が効いているか解らない。癌の湯治で有名な秋田の温泉にも行った。『元気』という篆書を何百と書いた。アガリスクやフコイダン、核酸ドリンク、熊笹、ミミズなどなど、心配して送って頂いた全ての健康食品を片っ端から頂いた。11月の検診で進行が“本格的に止まった”という告知を受けた。治った訳ではなく増殖を停止しているということだ。言い換えれば、活火山が休火山になったようなものだそうで油断をすれば活動は直ぐに再開されるようだ。とは言え、私としては楽観的に「癌という新しい臓器が出来たようなものでしょ」と医師に問うと、「まあ当たらずとも遠からずということだ」と返事が返ってきた。そこで私はそれを“癌臓(ガンゾウ)”と名付けて、喜んで人に話したが、皆、対応が困るらしく、キョトンとする。それを観るのは実に楽しい。正に癌、様様である。そして今月に入った。病院は2週間に一回の検査と、痛みが出る場合の応急処置だけで、まあ週に一回程度になった。しかし相変わらず左半身は痺れがあり、時々、手や足、腹などが攣る。しかし、気を失うような事は無くなった。正直、自分の体が、今、どうなっているのか知らない。医者でも解らないだろう。何が始まり、何が終わったのかは誰も解らない。しかし、今、生きている。人生は一日一日の積み重ね。一足飛びは無い。そして生まれれば必ず自然に帰る。過去は変えられない。未来は決められない。だからこそ、今・此処の己を精一杯生きよう。一日は一生の如く。一生は一日の如くである。生死事大・無常迅速・光陰可惜・時不待人。死ぬ覚悟より生きる覚悟。自利利他の心。万法は一に帰す。己の外に仏無し。日々是れ好日。平常心こそ道。無事こそ是貴き人。歩歩は是道場に他ならず。諸行は無常。活殺自在。融通無碍。対立せず、犠牲にせずならず、独立独歩。一切皆空を知って無心となり、照顧脚下、日々を淡々と生きよう。それが人生というものだろう。
 古から坐禅には多くの効用が取沙汰される。しかし、それは結果が自然に生る事で、目的とすることではない。しかし、しかし・・・。坐禅は素晴らしい。
慧智(041225)


●野狐禅和尚の辻説法『あれから1年“坐禅”の効用』 635 2004-12-24 (Fri)

 昨年の今日、12月24日、癌で余命6ヶ月を宣告され、余りの衝撃に悶々としたことが昨日のように思い出される。病状を聞けば、とても快復するなど考えられないというのが事実だろうが、一年後である今日、私は生きているし、癌は“一臓器”と化して我が体内にある。つまり、進行は止まったが消え失せた訳ではなく“仲良く”暮しているという状態だ。
そこで、発病から告知、告知後の生活と今の心境を、ここで述べるので、皆さんのイザという時の心構えの一つにして頂ければ幸いである。
1、 発病当時、原因の心当たりは無かったが、告知後の年末年始の数日間、誰にも話さず、只管に坐禅を組んだ。しかし、3日目にしても不安を払拭できなかった。12月31日は事務所に出たが、掃除をする気力もでずに呆然としていた。机の上を見て「片付けなければ」と思うが、それをすると“終わってしまう”ような気になり何も出来なかった。その時点でも実は半信半疑であり、左胸と左腹の痛みと痙攣、強度の背中と肩こり、耳鳴り、左半身の痺れ、38度の高熱・・・。心は「何かの間違えだろう」とも、「無理したからな・・当然かな」「4人の祖父母を癌で亡くしなっているのだから隔世遺伝だろう・・な」・・・。何をしていても総轄できない現実に心が揺れた。ふと、逆療法もあるかなと思いサウナに行った。110度のサウナと19度の水風呂に交互に入りフラフラとなったが、気分がよくなった感じがした。しかし、不安は一向に治まらない。家に帰り、坐睡。長い間、横になって寝ることは少ない日常が続いたが、ここ数日はソファーに横になってやすんでいる。しかし、長い習慣のせいで3時間以上は眠れない。そして起き上がる、坐るを繰り返している。元旦の朝4時。外は未だ暗い。自宅の机の上から東京タワーの展望台に『2004』という文字が明々と浮かび上がっている。その時、「生きているというのは一日一日の自然な積み重ねで、誰にも明日のことは解らない」「半年の命なら尚更、一日一日を全力で生きよう」「迷惑をかけないような旅支度をしよう」・・そんな思いが忽然と湧いてきた。すると気分は上々。「明けましておめでとう」という声も自然に出た。そして、多少の“おせち料理”を口にしたが、食欲は出ない。心身一如とは言うが、心の変化に比べて身体の変化は遅い。午前中は坐禅をしながら、今後の行動を考えた。一つ、起きていられなくなるまでは普通に仕事をする。二つ、何人かの医者に再度診断をしてもらう。三つ、会社の経営を次の世代に委ねる。四つ、身辺整理。細かな事も浮んだが、そうと決まれば一日一生。大いに張り切った。2月頃、数箇所の病院で同じ結論を出されたが、最初の診断を受け入れたせいか心は動じなかった。「生きる時は生きよう、死ぬ時は死のう」、ただそんな思いがした。不思議なもので、私が健康であるか否かに関わらず、周囲にはイロイロな事が起こった。実に馬鹿げた事もあり、少し前の自分であれば“喧嘩沙汰”とするようなことも受け流した。馬鹿げた事に時間を割いているいる閑は無かったからだろう。4月ごろ、近親者に病状を告知するが、皆“半信半疑”のようだった。考えてみれば、髪が白くなった訳でもなく、痩せ落ちた訳でもないからだろう。しかし、アッという間に話が流れ、沢山の知人から、沢山の良薬が送られてきた。その量は納戸がいっぱいになるほど。ありがたい限りだ。中には、ドサクサ紛れに商売にしようとしたのか高額な請求書が入っていた物もあつたし、とても口に入れられないような奇妙な物もあった。しかし、皆の善意に「これを残しては死ねない」と思い、片っ端から服用したりした。医師からは、抗がん剤、放射線療法、ミニ移植を奨められるが、何れも後遺症があるようで、残された時間を考えると、延命のための西洋医学に頼る気が失せ、皆の好意、つまりは『ご縁』に賭けようと思い、病院には検査にのみ行こうと決めた。勿論、嘗て無い思いで一日4−5時間は坐禅は行なった。腹式呼吸で2−30分も坐ると身体の声が聞こえだす。「鼓動が“淡々と生きろ、淡々と生きろ”」と言っているように聞こえ出す。ところが、この頃、一日に一回は内臓が痙攣して全身が硬直した。俗に言う“攣る”という状態で、気を失わなければ生きていられないほどの痛みが出た。痛みの中で薄れ行く意識、正直、このまま死んでしまえば楽だろうな、と思ったことも何度もあった。しかし、不思議な事に1時間もすると痛みが治まり、平生より“楽”になった。そして、痙攣にも慣れが生れ、それが来るタイミングが解るようになるのと、それから逃れる業が自然と身についてきた。しかし、それが確実であるわけではなく、新幹線で出張した時など、名古屋あたりで気を失い、東京では救急車沙汰になったこともあった。しかし、それでも一日一生と心として坐禅と仕事、「ご縁を頂く(このころ“ご縁療法”と名付けていた)」毎日は続いた。病状につては一進一退を繰り返していることが毎週の検査で自覚できた。その時、進行には間断があることに気が付いた。つまり、疲憊へとまっしぐらに進んでいるのではなく、進んだり止まったりしているということだ。そこで、どんな時に進行し、どんな時に停滞するのかを考え始めた。坐禅をしていると患部が熱くなるのを感じた。特に息を吐き切る時にはハッキリと感じた。そこで、出来る限り早く吸い、出来る限りユックリと吐く様にした。1時間も“それ”をしていると全身が熱くなった。元気な細胞が癌細胞を「大人しくしろ、大人しくしろ」と宥めているように感じた。一日一生を生きていると、半年とは長いようでもあり短いようであった。6月、いよいよ期限が迫った。しかし、検診の度に、医師は、「何故か落ち着いているようだな」と繰り返し、毎回行なわれる精密検査に加えて血管から患部の細胞を取り分析しようと言い出した。当時、自覚症状としては慣れの為か快復に向っているように思えていたが、医師は経験から末期であることという認識は変えていないようであった。
→文章容量の関係で明日に続く。
慧智(041214)


●野狐禅和尚の辻説法『知識より智慧』634 2004-12-23 (Thu)

智慧は、古より巷では『物事の理を悟り、適切に処理する力』と言われ、仏法では『般若』同義で『真理を明らかにし悟りを開く働き』とされています。また、哲学の世界では『人生の指針を明らかにする哲学的知識』という意味で使われています。
過日、然る学校から「社会で通用する人間をどのように育てれば良いか」というテーマで教員を指導して欲しいという依頼があり、中・高校の教師と大学の教員、約100名にお話をさせていただきました。冒頭、「社会で通用する事」ということの意味について話し、後半で「人の育て方」についてお話しました。まあ、“釈迦に説法”なのでしょうが、学校という解雇の無い、資格主義の閉鎖社会で毎年同じ様な話しを、教師という生徒学生より一段高い権力構造を背にして何十年も繰り返し、毎日毎日「先生」と呼ばれ続けていると、変化し続ける外の世界の常識が、学校では非常識と思えたり、その逆になったりしているようです。その上、労働者の50%近くが大学を卒業しているこの時代では、教師や教授より高学歴で高い学位を持つ保護者も多く、嘗ての社会のように、学校の先生が地域社会の知識人ということは無くなり、“子育ての外注先”程度の認識であるという事実から、それを理解しない聖職者と、それに過剰反応した労働者が混在しているように感じました。つまり、「〜ではならない」「〜でなくてはならない」「〜であってはならない」という声と、「教師も人間ですし、知識を教えるのは仕事で、人格問題は別ですから〜」・・・。
まあ、どこの社会でも仕事に対する温度差があるのは認めなければならないだろう。しかし、こと教育に携る人間には少なくとも、目的・理念を達成させるという使命感は持って欲しいものである。ところが、有名校への合格者数が学校の評価基準となっている現実を考えると、目的だ理念だというより、目標や成果(結果)に翻弄されても止むを得ない感もあります。
さて、社会、とりわけ企業では“どんな人間”を求めているかという話しでは、学校関係者は、企業の採用担当者の話し、経営者の話しなど、マスコミが断片的に報じる“人材像”に翻弄されているように思えた。採用担当が求める人材と経営者が求める人材には差異があるが、何れの場合も『自分の直接の部下に欲しいスペック』を、あたかも理想的な社員像として要求している現実をご存知無いようでした。
それなりの人間であれば、自分を追い抜くような力のある人間を部下に選ぶが、保身的な人間であれば“自分にとって都合の良い部下”を選ぶ事が多いのが現実社会です。言い換えれば、拡大再生産を望む経営者と、縮小再生産も止む無しとする管理職では、人材に関する考え方が“温度差”という以上の違いがあるのです。そのことを申し上げると、先生方は、身に覚えがあるようで、目の輝きが、それまでとは一変しました。そして、それを分けているのが『知識と智慧』であり、経営者は“智慧のある者”を求め、管理職は“知識のある者”を求めますとお話しすると、質問の手が上がり「知識は教えられるが、智慧は教えられないと思うが、どうすれば智慧を付けさせることができるか」と声が出た。私は「その通りです」「知識は教員でなくても付与できますが、智慧は教師でないと伝えられませんね」。「教員と教師は違うと思います」「“師”と“員”では軍隊であれば明白でしょうが、目的達成を使命とする“師”と目標達成を担う“員”は違います」「ですから、教員・教授の役割と生徒・学生のモデルとなる教師(教頭や校長・学長・理事長など)には、其々の自覚が必要であり、そのれを踏まえて、個々の職責のまっとうのみならず、組織としての役割分担と相互補助こそが、“社会の望む人材”が自然と育ってくるのだと思います」と話すと、多くの聴衆が肯く様子がうかがえた。
終りに、「本日のように全学の教職員が一同にそろい、外の社会の意見を聞き、その後に忌憚の無い話し合いが行なわれる校風こそが、社会が望む人材を送り出せる教育機関だと思います」と結んだ。
そして、蛇足として『知識は頭、智慧は全身』であり、『知識は教える、智慧は伝える』ということ、知識はデータを入力することだが、智慧はデーターベースを動かすOSであることを忘れずに、如何に少ない情報・知識で、如何に大きな成果に結び付ける智慧を生み出せる人間こそが、過去も、今も、そして未来も“求められる人材”であることを忘れないで欲しいと付け加えた。
以前から、何度か話していると思うが、智慧>知識>情報について、今日は考えてもらいたい。
慧智(041223)


●野狐禅和尚のお応えします『質問:禅的生活とは、どんな生活?』633 2004-12-22 (Wed)


■質問「“禅的生活”という言葉を聞いたのですが、何か魅力的な生活のように思えます。そこで、禅的生活とはどんな生活なのか教えて下さい。
★お応え
『的』という文字は“もどき”を示すものですから、質問は『禅文化を取り入れた生活』とはどんなものだろう、という様に解釈した上でお話しようと思います。
禅は、行住坐臥そのもですから、本来は『雲水の生活』を見習うということでしょうが、それは些か難しいし、続かないでしょう。先ず、『禅』は継続することが前提、と思ってください。次に、便法的に『仕事・日常生活・心の在り方』に分けて考えてみましょう。
先ずは、『仕事』。これは利益や報酬の有無ではなく、『利他の実践』と考え、“したい事”より“出来る事”“すべきと考えた事”を、ひたすら淡々と実践しましょう。その時の心構えは『成り切り』です。掃除をする時は、掃除そのものになり、営業する時は営業そのものになりきりましょう。つまり、“その事”の“あるべき姿”の体現と考えてください。“それ以外に心を動かさない”ということです。簡単に言えば“夢中になる”という姿に似ているでしょう。実は、そこから禅で大事な『工夫』というのが生まれます。『工夫しよう』という気持を起こさずに没頭すれば、自然に工夫が湧いてきます。また、その時、暑いだの、寒いだの、疲れただの、これは他人の仕事だなどという事を思っても考えてもいけません。『只管に無心』ということです。
次に、日常生活全般についても、実は仕事と同じ事が言えます。つまり『成り切る』。食べる時は食べる。病気で寝込む時は寝込む。呑む時は呑む。出す時は出す・・・行為と一体化して行なうのです。最後に『心の在り方』です。心構えとしては、『即答即応』が肝心金目になります。禅寺の生活の基本は、『今・此処での・己』を全てとするということです。過去を振り向かず、未来を眺めず、『今この瞬間の己』を完全燃焼させましょう。とは言っても、喜怒哀楽に流されたり、囚われたりしてはいけません。只只、淡々として暮しましょう。この姿は『一切に動じない心』で生きて欲しいということです。最後に、禅は『負荷を最小化』してたき方であり、全てに“ゴミ”と言う概念を捨てましょう。つまり、ゼロ・エミッション言いたいところですが、そっれでは詭弁になってしまうので『ミニマむ・エミッョン』を実現しましょう。出来る限り“捨てない”、出来る限り“買わない”、出来る限り“使い回す”と考えて下さい。何でも大事にする、ということです。ですから、必要な事は話すが、無駄口はきかないということです。必要以上に収入を得ないというのも大事です。必要以上に収入があれば、それは己以外の人の為に使いましょう。ボランティアに参加することも良いでしょう。チャリティに喜捨するのも大事です。言い換えれば、必要最低限の物しか持たずに生きましょう。すると、起きて半畳・寝て一畳、ということも理解できるでしょうし、本来無一物を実感できるでしょう。極論を言えば、“此の世に不要な人間も居ないし、必要な人間もいません。生きる時は生きる。死ぬ時は死ぬ。此の世には何一つ残さない。
以上のような心構えで生きる事が、“禅的に生きる”ということでしょう。決して漢詩をつくり、精進料理を作法に従って造ったり食べたりするような“風流”を楽しむ事ではないと思います。寧ろミニマム・エミッションの代表である“乞食生活”というイメージでしょう。
封書が来れば、裏返して貼り合わせて返信に使い、チラシはメモ用紙として使い、鉛筆で書いて何度も使う。風呂の水は洗濯に、飲酒喫煙など必要の無い事はせず、一日三度の食事も一汁一菜、テレビやラジオは不要。新聞だって取る必要はありません。外には沢山捨てて有ります。だからと言って路上にダンボールというような世間様に迷惑の係る様な暮し方をしてはなりません。持ち家があれば、それに棲み、必要最低限のエネルギーで暮らし、電気に頼らず、労を惜しまずに暮らすということです。
 さて、禅的な生活は、魅力的ですか?ちょっとした事に囚われたり拘ることは、心の無駄使いだと思いませせんか?。好き好んで全てを捨て去り、貧乏臭い生活をする必要はありません。もし私が“禅的生活なる生活”を奨めるとすれば、『無対立・無犠牲・自主独立』、何事にも囚われず、拘らず、自由自在に観て、自由自在に考え、自由自在に発言し、自由自在に行動することで自分の強味を活かし切って社会に貢献して頂きたいということでしょう。そして、自分の大安心の心境をより多くの方々にお分けするように生きて頂きたいと思います。頭で考える禅は禅ではなく、禅学であり、メニューを読んで腹いっぱいに出来ないのと同じ様なものです。腹が空いたら食べましょう。出したくなったら出しましょう。眠たくなれば寝ましょう。そして元気なら働きましょう。“働く”とは“傍を楽にすること”と考えると意味を持ちますね。“学ぶ”とは“愛を結ぶ”と考えると意味を持ちますね。ですから、生きて居る限り、学び、働き、全てを大切にして働ききることが『禅』だということでしょう。
慧智(041222)


●野狐禅和尚の辻説法『12月の月例接心を終えて』 632 2004-12-21 (Tue)

一般の方にとって『坐禅に代表される禅の修行』は縁遠いことには疑いない。禅が元来は家を捨て、我を捨て、氏名、家族、過去と未来のあらゆる所有を捨てて無一物の仏弟子となって“出家”して生きる事、行住坐臥を修行の全てとしているからだ。しかし、昨今の“禅”は、出家が激減する反面、在家の興味は引き付け、“プチ坐禅”といった軽い気持の修行者は増えている。勿論、過去において『出家に優る志の在家』は存在し、著名な指導者や文化人を多く輩出している。しかし、禅の歴史を振り返ると、『今・この瞬間の己』に生きるという生き方は、世俗に身を置いて実現させるには障害が多いのは事実である。小生の場合は、所謂コマンドラインに属さない社会的立場に恵まれているので、出家であって在家という二足の草鞋を履いてはいるが、雲水として“己の主人を己として生きて居る時”に比較して、その修行は質・量ともに倍増し、無意味な比較をすると『雲水修行は温室栽培』であり、この上ない安楽な時代だったな、と感じた。禅に生きる、つまり仏道に生きるということは、誰にも侵略されない己を実現することであり、“俗世間”は恰も魔境の如く内外を隔てることも時間を区別することもなく、絶えず誘惑の悪魔が闊歩し、それとの縁を断って生きることは、出家とは比較にならないほどに厳しいのだ、という事を再確認した。
私は、出家、在家(還俗)の二つの世界を経験して、『禅道』は出家の専売特許ではなく、その真髄は『在家』にも同じ様にあると思っている。その上、在家の修行が出家のそれとは比較にならないほど厳しいものだが、『大道』は常に全てに通用するものと確信している。
例えば、『経営』という語は仏教用語が出典だということをしばしば申し上げているが、出家であれ、在家であれ、人生の全ては『自己経営』であり、“営みを経て目的目標を達成させる事”、つまり、子供を育て、会社を育て、社会を育て、商品を育て、社員を育てつつ己を育てる・・・。正に、人生とは経営であり、教育なのである。
経の後、よく唱えられる『普回向文』、「願わくはこの功徳を以って普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に佛道を成ぜん事を」は、己の仏心からの行為(言動・行動の全ての活動)が、無限定の世界の安寧に寄与することこそが、正に『自利利他』、本来の面目の実現であることと示唆されている。さらに言えば、世阿弥が「日々夜々、往坐臥に、この心を忘れずして」とする“この”は、在家においての出家の心であり、現代風に言えば『禅OS』というミニマム エミッションで生きる生き方こそが、禅であり仏教の実益的な実現なのである。
更に更に言えば、新参の雲水が、師の趙州に「どうか、私に仏教の奥義をお示しください」と言うと、趙州は「朝の粥は食べたのか」と聞き、「食べました」と応えると、「では椀を洗っておきなさい」と。正に、日常生活において、目の前にある“すべき事・出来る事”を完璧にこなし、日々の自己経営を通じて“出来る事”を拡大し、己が担った“すべき事”を淡々と実現しなさいということだろう。臨済義玄大和尚は、その所を「阿屎送尿、著衣喫飯、困じきたらば即ち臥す」という表現で、人生は大小便をして、着物を着て、飯を食べ、眠くなれば寝ることだと表面的に語り、その真意を『当たり前に生きる事』と暗喩しつつ、“当たり前”の中にある“無為の利他”に生きる事が『本来の面目』だと示唆された。
となれば、「平常心是道」なのだ。ただし、その“平常心”がどのような“心”なのか、断じて『日常心(過去心・現在心・未来心)』では無い。
 さて、あなたの平常心は、どんな心か。
慧智(041221)
お詫び:一周忌を目前に体調が崩れ、数日高熱が続いて説法が書けませんでした。


●野狐禅和尚の辻説法『哲学と宗教、そして禅』 631 2004-12-16 (Thu)

 古より、『哲学は問い、宗教は答える』と言われてきている。言い換えると、哲学は“真理”を求めて問い続け、宗教は“真理”を発見ないしは発明して問いに答え出したといえる。
では、真理とはいったい何だろう。
 “真理”という日本語は、一般用語、宗教用語、哲学用語、倫理学(道徳)、数学(論理学)用語では意味付けに微妙な差異がある。さらに、英語で“真理”にあたる単語である「truth」は、『事実・正直・真相・正確』に近いニュアンスを持ち、『実証された事実』を示す場合に使われることが多い。
 私は、多少、常識外れのところがあるらしく“一般用語”としての“真理”という言葉を使わないので、一般の方が、どのような意味で使っているかは解らない。勿論、哲学のフィールで使う“真理”、宗教で使う“真理”、それも仏教的表現、キリスト教的表現、イスラム教的表現での差異は理解しているつもりである。
 しかし、“それ”は所詮、言葉であり、個人的方言としてパロールに属してしまい、相手次第で『真理とは何か』という言葉を使っても、かなり懸離れた“真理”が提示される。禅における“真理”は『一切皆空』であり、“空”の投影として“一如”があり“諸行無常”がある。ですから当然、、『己の外に神仏は無い』ということになる。ところが、キリスト教などの一神教では、父(絶対者・神)と子(伝道者)と精霊(使い)というように、それらは“自分の外”に位置付けられている。そこで、ヨ−ロッパの心理学者や精神分析学者の多くは“本能”、“自我”、“超自我”に心的現象を分解して、神に近い概念の座として自我から分化してキリスト教社会の価値を踏襲した『超自我』に道徳や倫理という地域固有の価値基準を担わせている。ですから、“言葉”を多用し“映像”を多用して、人間に欧州文化での“善悪”を刷り込んでゆく。言い換えると、自我を抑え、本能を押さえるのが“超自我”の役割であり、東洋的に表現すれば『道徳や倫理』が、ヨーロッパの神の生産物ということであるが、“真理”とは独り歩きした文学の内容だ、と言える。
 さて、ここまでの話で、皆さんは『真理』とは如何なる概念かが解っただろうか。真理が解る前に、真理という言葉の意味を理解しなければ“真理”には永遠に達しないということなのだ。
 哲学は“真理”とは何かを問い続け、宗教は“真理”は“これ”であると示し続けているのである。そして、禅者は、“真理”と“こう”であると言われていることを問い続け、“真理”と合体する境地に向って自らが切り開いた道を歩み続けているのである。
 さて皆さん、「禅」は宗教か、哲学か?どう思われますか?。
すると、“これは問い”だから“哲学”だと答える人もでるでしょう。しかし、禅は“問う”ことそのものが“答え”なのであるから、宗教なのである。
慧智(041216)


●野狐禅和尚の辻説法『一大事と申すは、今日只今の心なり』 630 2004-12-14 (Tue)

『一大事と申すは、今日只今の心なり』という言葉は、白隠禅師の師である正受老人のもので、人間の一生は『只今の心』が連続してつくられている、ということです。
金剛経には『過去心不可得』『現在心不可得』『未来心不可得』とあり、私達の日常は、一体どの心で生きているかを考えるように示唆している。
考えてみよう。『今』と思った瞬間は、すでに過去。過去を思い出しているのは、今の心。未来を心配しているのは、今の心。これから考えれば、過去の心は変えられないし再現しない。今の心は留まらない。そして、未来の心は未到来で不確定。正しく正受老人の言葉通り。『一大事と申すは、今日只今の心なり』。つまり瞬間心である“無心”で生きよ、ということ。
禅は『今・此処・己』を知ること。人生は一瞬一瞬の連続ということ。少しだけ余裕をみて言えば、朝起きて産まれ・夜寝て死ぬ。一日一生ということ。その一日一日の積み重ねが人生。昨日に拘り囚われ、明日に拘り囚われて苦しんでみても、昨日は変えられないし、明日は決定できない。一日一日を生き切る事が“人生の一大事”と思えないだろうか?
 大きな夢を描き、理想を掲げ、目標を目指して全力で生きる。素晴らしい事である。そして更に素晴らしいのは『足るを知る』こと。決めたことは腹に落として、忘れ去り、淡々と生きてゆく。そして、結果に対しては『足るを知る』ということだろう。
慧智(041214)


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